ゲームやなんかの好きなものについて語ります。
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二話です。
出てくるキャラの順番にさして意味はないですが、中心になっているのがクロウとリィンなので必然的にそこらに関わりの強いキャラから出てきます。
Ⅶ組は全員出したいですが、今時点で正体のわからないミリアムはせ時間軸の設定上扱いづらいので出さない予定です。
というかあんな人数動かせないヨ!
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
工場方面から逃げてきた人々と一緒に兵士に追い払われてリィンは仕方なくホテルのある辺りに戻って来ていた。
ホテルへ帰る気もせずになんとなく店舗が並ぶ辺りをうろついていたが、思考が堂々巡りを繰り返すせいで何も目に入ってこない。
やはりホテルへ戻ろうか、とため息をついて足を止めた瞬間、角から飛び出してきた小さな影とぶつかってしまった。
「ひゃっ?!」
「うわ!?すみません!」
咄嗟に相手の腕を取って転ばないように支えてやる。
だが大きな荷物を抱えていたらしく、反動で缶詰やら果物やらがばらばらと零れ落ちた。
「うわわわ、ど、どうしよう」
「す、すみません!拾います」
車道へ飛び出していきそうなリンゴを拾い上げながら横目で見ると、子供かと思った小さな影は小柄なだけでリィンと同じ年頃の少女のようだった。
愛嬌のある大きな目と視線がぶつかった瞬間、心臓が跳ねたような気がした。
(なんだ…これ、さっきと同じ…)
知っている。
彼女を知っているという感覚と奇妙な懐かしさが胸に湧き上がる。
拾い上げたものを抱えたまま呆然と彼女を見つめていると、最後の缶詰を拾って袋に戻した少女が困ったように見上げてきた。
「ごめんね?どこか怪我したりしなかった?」
動かなくなってしまったリィンを気遣うようにくりくりとした瞳が見上げてくる。
リィンは我に返って慌てて抱えた品物を彼女に返した。
「いや、こちらこそすみません。ちょっと考え事をしていたので…」
頭を下げると彼女はにっこり笑って首を振った。
「私こそ急いでて前が見えてなくて…怪我がなくてよかったよ」
どう考えても彼女にぶつかられてリィンの方が怪我をするとは思えないのだが、少女の気遣いにリィンはただ苦笑を返すに留めた。
改めてよく見て気付いたが、前が見えなかったのは何も急いでいたからだけではないようだ。
彼女が抱えた大きな紙袋は完全に少女の視界を覆っているし、見ればそれ以外にも腕にいくつか袋を提げている。
「…あの、よかったら荷物手伝いましょうか?」
「ええ?!い、いいよ、悪いもん」
「どうせすることがなくて暇してるだけだったので…もし迷惑でなければ」
言いながら一番の難物と思しき紙袋を彼女の腕から引き取った。
ふと見ず知らずの男にここまでされても警戒するだけだろうかと思ったが、少女は申し訳なさそうに、けれど嬉しそうに微笑んだ。
「ありがと!それじゃお願いしようかな。あ、ええっとね、私はトワ。貴方は?」
その名前とひだまりのような微笑み。
また胸の奥を何かが刺激するのを感じて思わず胸を押さえる。
「俺は…リィンです」
動揺を抑えて名乗ると、トワはほんの少しぴくりと体を震わせて、そして何かを探るようにじっとリィンを見つめた。
「あ、あの?」
真っ直ぐな視線がこそばゆくなって思わず問うと、トワはぱっと顔を赤らめて胸の前で両手を振った。
「あ、ごめんね。どこかで会ったかなぁって気がしたけど、気のせいかな。いこっか、あっちだよ」
半ば駆けるように進み出したトワの背中を見つめながら、リィンはもう一度何か思い出すことがないか胸の奥を探ってみた。
けれど確かに彼女を知っているという妙な確信以外はやはり霞がかったように何も浮かぶことはなかった。
「ただいまー!」
トワが扉を開くと同時に明るく声をかける。
リィンはその後に続きながら、扉をくぐる前に建物を見上げた。
こじんまりとした二階建ての一軒家で、その一階を喫茶店にしているようだった。
扉の横には小さな看板が出ていて、『ブラウン・シュガー』と書いてある。
「リィンくんどうしたの?入って入って!」
子供のような仕草で手招きをする姿に苦笑しつつリィンは小さな鈴のついた扉をくぐった。
中は小さいが落ち着いた色合いの雰囲気のいい店のようだ。
「ここ…トワ…さんのお店なんですか?」
一瞬呼びかけ方に違和感を感じる。
『さん』ではなく別の言葉をこの名前につけて呼んでいたことがある気がした。
(いやいや、初対面の相手だぞ、他に呼び方ないだろ)
リィンの逡巡に買ってきたものの整理を始めていたトワは気付かなかったようだ。
ぱたぱたと棚に品物を片づけながら少し首を傾げた。
「私の…ってわけじゃないかな」
「それって…」
「おかえりトワ。まったく、それだけの量の買い出しに行くなら私が戻るのを待っててほしかったな」
リィンが問い返すより先に店の奥からすらりとした体つきの女性が姿を現した。
短い髪と切れ長の瞳のせいか妙に中性的に見えるその女性にも、リィンはまるで以前からの知り合いのような既視感を覚えた。
「おや?君は…」
その女性の視線がリィンへと移る。
彼女は小さく目を瞠って、しばらく考え込むようにリィンを見つめた。
「…どこかでお会いしたかな?」
「…どうでしょう、俺もどこかでお会いしたような気がするんですが」
「…やっぱりそうだよね!」
横でぽんとトワが手を打つ。
「でも会ってたら思い出すと思うんだけどなぁ。それもアンちゃんも知ってるような人だったら絶対忘れたりしないと思うのに」
トワは悔しそうに頬をむくれさせた。
「アンちゃん?」
「あ、そっか。紹介するね。彼女はアンゼリカ。私はアンちゃんって呼んでるんだけど。私と一緒にここのお店をやってるんだよ」
それでようやく『私のってわけじゃない』という言葉の意味がわかった。
アンゼリカは妖艶に微笑みながら片目を瞑ってみせた。
「よろしく、えぇと…」
「リィンです。よろしくお願いします」
名乗りながら差し出された手を握る。
握った手の感触にリィンは少し体を硬くした。
(この感じ…この人、何か武術の心得がある)
子供のような立ち居振る舞いをするトワとは対照的にしなやかで隙の無い身のこなしで、ただの喫茶店経営者にはとても見えない。
リィンの反応に気付いたのか、アンゼリカは離した手でリィンの肩を軽く叩いた。
「まぁあまり硬くならないでくれ。なんだったら君もアンちゃんと呼んでくれて構わないよ」
「い、いやそれはさすがに遠慮します…」
いくらなんでも会って数分で女性に対してそれはハードルが高すぎる。
苦笑しているとトワが叱る顔をして腰に両手をあててアンゼリカを睨んだ。
「もーアンちゃんてばからかわないの。リィンくん座って。お茶でも出すよ。あ、コーヒーがいい?」
「え、いや俺はこれで」
思いつきで手伝ったようなものなのに、これ以上迷惑はかけたくなかった。
辞そうとするリィンにアンゼリカが悠然と微笑みかけた。
「遠慮することはないさ。トワを手伝ってくれたなら盛大に恩返しをしないとね。昼食は?」
横目で見れば店内に他に客はいないようだった。
二人に感じた既視感が気になったこともあって、リィンは素直に申し出を受けることにした。
「それじゃあお邪魔します。あ、お茶でお願いします…昼食は」
大丈夫です、と続けようとした瞬間に腹の虫が鳴った。
そういえば列車内でサンドイッチを口にしたきり何も食べていない。
リィンは耳まで赤くなるのを感じて俯いた。
「ふふっ、まだみたいだね。待っててね、カレーがあるから持ってくるよ。あれ、そういえばクロウくんが作ってくれたサンドイッチもあったっけ?」
「あれはさっきジョルジュが持って行ったよ。元々店用に作ったものじゃないみたいだし」
「え!?」
思いもよらない名前が飛び出してリィンはスツールへ落ち着けかけた腰を再度浮かせた。
その反応に二人が驚いたようにリィンを見つめた。
「…そんなに食べたかったのかい?なら今からでも作るけど」
「いやいやいやそっちじゃなくて!今、今クロウって!」
「クロウくんを知ってるの?」
導力ポッドに水を注ぎながらトワが首を傾げた。
リィンはいきりたったもののなんと答えたものか少し躊躇った。
知っているといえば知っているが、正直知っていると言えるほど知ってはいない。
かといってこれをそのまま説明すると怪しい以外の何物でもない。
「ええと…実は色々あって、彼を探していて」
「クロウを探す?」
その言葉でアンゼリカの気配が少し鋭くなった気がした。
見ればトワにも緊張した気配がある。
(なんだ…?)
全て説明して不審がられるならともかく、この一言でこの二人の反応は奇妙だった。
「あの…俺何か変なこと言いましたか」
気まずくなって問うと二人は顔を見合わせ、しばし見つめ合ってから互いに頷いた。
「いや、あいつあちこちでトラブルを起こしてくるからまた何かしたのかと思ってね。
ゲームで負けてそのまま逃げたとか、賭けに負けて借金したとか…」
「えぇ…」
呆れて思わず気の抜けた声が出た。
そんなヤツを探しているのか、と思うと同時に彼らしいとため息をつくような思いがあるのが不思議だった。
「いや特にまだ迷惑をかけられてはいないんですが。…その、すごく…変な話なので、話しても信じてもらえるかどうか…」
言い淀むと二人はまた顔を見合わせた。
「ならお茶が入ってからにしようか。アンちゃんもお茶でいい?」
「そうだな。ついでに私も食事にしよう。トワも食べるかい?」
「うんっ。あ、リィンくんは座っててね」
「え、あ、はい」
ぱたぱたと動き始めた二人をしばらく所在なげに見つめていたが、手を出せることもなさそうだったので再び椅子に腰をおろした。
あんな雲をつかむような話をするのは気が引けるが、クロウを知っているなら彼の居場所もわかるかもしれない。
ようやく手がかりと言えそうなものを掴めてリィンは逸る心を抑えるように太刀を握り締めた。
※
「へぇー…なんだか不思議なお話だねぇ」
トワが淹れてくれたお茶に店のメニューの一つらしいカレーをお供にリィン自分が見続けた夢の話を二人にした。
先ほどクロウに出会った時の話もしたものか迷ったが、場所とタイミングが微妙だっただけに告げていいことなのかわからず言えなかった。
だから、クロウという名前だけは知っていた、という嘘をつく羽目になってしまった。
「…こんな話、信じてもらえるんですか?」
少しだけうしろめたさを感じながら問うと、トワはカレーの最後の一口を飲み込んでからにっこり笑った。
「リィンくんが嘘言ってるようには見えないもん。…それに、私とアンちゃんもリィンくんに初めて会った気がしないし」
ね、とアンゼリカに微笑みかけると彼女も頷いた。
「それにそんな素っ頓狂な作り話をするメリットが君にない。なんらかの思惑があって嘘をついているならもっとそれらしい話がいくらでも作れるだろうしね」
「やっぱり素っ頓狂ですよね…」
「もう、アンちゃんてば!」
「別にバカにしたつもりはないよ。でも不思議な話なのは確かだろう?会った事の無い人間をずっと夢に見ていて、それが行った事も無い街で実在してるなんて。前世で会ってるなんてことでもなければ…」
「アン、トワ、またあったみたいだ」
アンゼリカの言葉を遮るようにして店の奥から大柄な男が出てきた。
作業着のような服装の腹の部分が見事に突き出ている、温和な顔つきの男性だった。
ジョルジュ先輩。
頭に名前が閃いて、リィンは自分に驚愕した。
(また…!この人もしって、る?)
先ほどアンゼリカがその名を出していた気がするし、状況から考えると店の奥から出てきた以上、その名が彼の名であると予測はできる。
けれど名前の後ろに無意識でつけた『先輩』の文字にまるで心当たりがない。
「また…ってジョルジュくん」
「まさか」
「そのまさかだよ…おっと、お客さんかい?」
リィンの物思いをよそに会話を続けていたジョルジュはそこでようやく自分の存在に気付いたようだった。
どうやら自分は外した方が良さそうだ。
そう考えてリィンは物思いを断ち切って椅子から立ち上がった。
「なんだかお取込みのようなのでそろそろ失礼します。…また来ても大丈夫ですか?」
もしかしたらクロウもここに来るかもしれない。
それに彼らに感じる既視感も見過ごせなかった。
「ご、ごめんねリィンくん。もちろんいつでも来て」
「ごめんよ、なんだか邪魔しちゃったみたいだ」
ジョルジュが申し訳なさそうに頭をかくのに、リィンは首を振って微笑んだ。
「こちらこそお邪魔しました。それとごちそうさまです。お茶もカレーもすごくおいしかったです」
「お粗末さま。今度はクロウもいるといいんだが」
そうあってほしいものだ。
リィンは頷いてもう一度感謝を告げてから店を出た。
少しずつ、日が傾き始めていた。
※
ある程度の準備は出発前にしてきたものの、あまり大荷物を持ち歩くのも躊躇われたので最低限のものしか持って来ていなかったリィンはホテルに戻るまでにいくらか買い出しをした。
これでしばらくジュライに滞在するのに不便はないだろう。
あとは金銭がどの程度続くか次第だった。
出立前に両親からいくらか余計に預かった。
自分の勝手のために申し訳ないと思ったが、どれだけ滞在することになるかわからなかったのでいつか返すと自分に言い聞かせて受け取った。
リィンにも何をどうすれば決着がついて自分が故郷に戻る気になれるのかわからない以上、いくらあっても多いとは言えないのだ。
(クロウには会えた…でも会ってどうしたかったんだ?)
ベッドに横たわって物思いに耽る。
自宅の部屋のものとは違う色の天井に今日の一瞬の出会いを映すように思い返した。
(あちらも俺を見て何かを感じたみたいだった。それに…)
トワ、アンゼリカ、そしてジョルジュ。
ジョルジュが自分に既視感を感じてくれたのかはわからないが、少なくともリィン自身はトワとアンゼリカに感じたものと同じものを感じた。
(あれ、そういえば…)
衝撃的なことが色々あって忘れていたが、工場の事件前に港で会った少年にも既視感を感じたことを思い出した。
「…俺、こういう病気とかじゃないだろうな…」
見かける度に相手に会った事があると思いこむただの妄想狂だとしたら目も当てられない。
けれどトワやアンゼリカの言葉がそれを否定する。
(二人も俺のことを知っている気がすると言ってくれた。それにクロウも、間違いなく知らないはずの俺の名前を呼んだ)
今、こうして思い出してもそのことをどうしようもなく嬉しく感じた。
だがそれと同時にひどく辛い思いをしたような焦りも蘇ってくる。
離れている間に何か取り返しのつかないことが起こってしまうような感覚と喪失感。
「ああもう!!」
どうにもならない切なさで頭がいっぱいになりそうになってリィンは飛び起きた。
がしがしと頭を掻いて落ち着け、と自分に言い聞かせる。
(少なくとも今のジュライで今日明日にも一般人がどうにかなるような事が起きるとは思えない。
クロウだって素人の身のこなしじゃなかったし、もし何か危険な状況ならトワさん達もあんな様子じゃないだろうし)
また明日あの店に行けばきっと会える。
そう自分に言い聞かせてリィンは明かりを消して再び横になった。
(知りたい…あの夢はなんなのか、俺はどうしてあの人達を知ってるのか)
それまでは故郷に帰ることなどできない。
焦るな、ともう一度自分の内に呟いてリィンは目を閉じた。
夢を見ていた。
ぼんやりと風景に霞がかかっていてどこか色褪せたように見えることでそれが夢だと気付いた。
夢の中には自分が立っていた。
(学校の制服…?)
自分は見たこともない赤い制服を纏って見たこともない場所に立っていた。
知らないはずなのに、その制服も場所も胸が痛くなるほど懐かしかった。
自分は目の前の建物に入ろうとしているようで二階建ての建物を見上げていた。
『よ、後輩君』
声がかけられて自分が振り向く。
その視線の先に―――――
「クロウ!!」
実際に叫んだのか、夢の中で叫んだのか、とにかく叫んだ感覚で目が覚めた。
リィンはむくりと起き上がってベッド横の窓から差し込む日差しに目をこすった。
「なんだ今の夢…」
これまで見てきた夢とは違う夢だった。
あんな場所に行った覚えはないし、制服もリィンがユミルで通った学校とは違うものだった。
「でも…知ってる…。俺はあそこを知ってる…」
そしてあの情景も知っている気がした。
『ゲームで負けてそのまま逃げたとか、賭けに負けて借金したとか…』
ふと昨日のアンゼリカの言葉が頭に蘇った。
そう、確か何か勝負だかゲームだかをしたのだ。
「50、ミラ」
無意識の自分の呟きに引き出されるように『知らない記憶』が蘇る。
(そうだ、50ミラを貸した…というか持って行かれたんだ…)
それが出会いだった。
初対面の人間の所業としては割と最悪の部類に入る気がする。
「ろくでもないのは自分じゃないか…」
呟きながらリィンは何故か自分が笑っていることに気付いた。
そんなむちゃくちゃな出会いの想い出が大切でたまらない。
(やっぱり確かめないと)
リィンは頭を振って眠気を追い払うと出かける準備をするべくベッドから出た。
続く!
出てくるキャラの順番にさして意味はないですが、中心になっているのがクロウとリィンなので必然的にそこらに関わりの強いキャラから出てきます。
Ⅶ組は全員出したいですが、今時点で正体のわからないミリアムはせ時間軸の設定上扱いづらいので出さない予定です。
というかあんな人数動かせないヨ!
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
工場方面から逃げてきた人々と一緒に兵士に追い払われてリィンは仕方なくホテルのある辺りに戻って来ていた。
ホテルへ帰る気もせずになんとなく店舗が並ぶ辺りをうろついていたが、思考が堂々巡りを繰り返すせいで何も目に入ってこない。
やはりホテルへ戻ろうか、とため息をついて足を止めた瞬間、角から飛び出してきた小さな影とぶつかってしまった。
「ひゃっ?!」
「うわ!?すみません!」
咄嗟に相手の腕を取って転ばないように支えてやる。
だが大きな荷物を抱えていたらしく、反動で缶詰やら果物やらがばらばらと零れ落ちた。
「うわわわ、ど、どうしよう」
「す、すみません!拾います」
車道へ飛び出していきそうなリンゴを拾い上げながら横目で見ると、子供かと思った小さな影は小柄なだけでリィンと同じ年頃の少女のようだった。
愛嬌のある大きな目と視線がぶつかった瞬間、心臓が跳ねたような気がした。
(なんだ…これ、さっきと同じ…)
知っている。
彼女を知っているという感覚と奇妙な懐かしさが胸に湧き上がる。
拾い上げたものを抱えたまま呆然と彼女を見つめていると、最後の缶詰を拾って袋に戻した少女が困ったように見上げてきた。
「ごめんね?どこか怪我したりしなかった?」
動かなくなってしまったリィンを気遣うようにくりくりとした瞳が見上げてくる。
リィンは我に返って慌てて抱えた品物を彼女に返した。
「いや、こちらこそすみません。ちょっと考え事をしていたので…」
頭を下げると彼女はにっこり笑って首を振った。
「私こそ急いでて前が見えてなくて…怪我がなくてよかったよ」
どう考えても彼女にぶつかられてリィンの方が怪我をするとは思えないのだが、少女の気遣いにリィンはただ苦笑を返すに留めた。
改めてよく見て気付いたが、前が見えなかったのは何も急いでいたからだけではないようだ。
彼女が抱えた大きな紙袋は完全に少女の視界を覆っているし、見ればそれ以外にも腕にいくつか袋を提げている。
「…あの、よかったら荷物手伝いましょうか?」
「ええ?!い、いいよ、悪いもん」
「どうせすることがなくて暇してるだけだったので…もし迷惑でなければ」
言いながら一番の難物と思しき紙袋を彼女の腕から引き取った。
ふと見ず知らずの男にここまでされても警戒するだけだろうかと思ったが、少女は申し訳なさそうに、けれど嬉しそうに微笑んだ。
「ありがと!それじゃお願いしようかな。あ、ええっとね、私はトワ。貴方は?」
その名前とひだまりのような微笑み。
また胸の奥を何かが刺激するのを感じて思わず胸を押さえる。
「俺は…リィンです」
動揺を抑えて名乗ると、トワはほんの少しぴくりと体を震わせて、そして何かを探るようにじっとリィンを見つめた。
「あ、あの?」
真っ直ぐな視線がこそばゆくなって思わず問うと、トワはぱっと顔を赤らめて胸の前で両手を振った。
「あ、ごめんね。どこかで会ったかなぁって気がしたけど、気のせいかな。いこっか、あっちだよ」
半ば駆けるように進み出したトワの背中を見つめながら、リィンはもう一度何か思い出すことがないか胸の奥を探ってみた。
けれど確かに彼女を知っているという妙な確信以外はやはり霞がかったように何も浮かぶことはなかった。
「ただいまー!」
トワが扉を開くと同時に明るく声をかける。
リィンはその後に続きながら、扉をくぐる前に建物を見上げた。
こじんまりとした二階建ての一軒家で、その一階を喫茶店にしているようだった。
扉の横には小さな看板が出ていて、『ブラウン・シュガー』と書いてある。
「リィンくんどうしたの?入って入って!」
子供のような仕草で手招きをする姿に苦笑しつつリィンは小さな鈴のついた扉をくぐった。
中は小さいが落ち着いた色合いの雰囲気のいい店のようだ。
「ここ…トワ…さんのお店なんですか?」
一瞬呼びかけ方に違和感を感じる。
『さん』ではなく別の言葉をこの名前につけて呼んでいたことがある気がした。
(いやいや、初対面の相手だぞ、他に呼び方ないだろ)
リィンの逡巡に買ってきたものの整理を始めていたトワは気付かなかったようだ。
ぱたぱたと棚に品物を片づけながら少し首を傾げた。
「私の…ってわけじゃないかな」
「それって…」
「おかえりトワ。まったく、それだけの量の買い出しに行くなら私が戻るのを待っててほしかったな」
リィンが問い返すより先に店の奥からすらりとした体つきの女性が姿を現した。
短い髪と切れ長の瞳のせいか妙に中性的に見えるその女性にも、リィンはまるで以前からの知り合いのような既視感を覚えた。
「おや?君は…」
その女性の視線がリィンへと移る。
彼女は小さく目を瞠って、しばらく考え込むようにリィンを見つめた。
「…どこかでお会いしたかな?」
「…どうでしょう、俺もどこかでお会いしたような気がするんですが」
「…やっぱりそうだよね!」
横でぽんとトワが手を打つ。
「でも会ってたら思い出すと思うんだけどなぁ。それもアンちゃんも知ってるような人だったら絶対忘れたりしないと思うのに」
トワは悔しそうに頬をむくれさせた。
「アンちゃん?」
「あ、そっか。紹介するね。彼女はアンゼリカ。私はアンちゃんって呼んでるんだけど。私と一緒にここのお店をやってるんだよ」
それでようやく『私のってわけじゃない』という言葉の意味がわかった。
アンゼリカは妖艶に微笑みながら片目を瞑ってみせた。
「よろしく、えぇと…」
「リィンです。よろしくお願いします」
名乗りながら差し出された手を握る。
握った手の感触にリィンは少し体を硬くした。
(この感じ…この人、何か武術の心得がある)
子供のような立ち居振る舞いをするトワとは対照的にしなやかで隙の無い身のこなしで、ただの喫茶店経営者にはとても見えない。
リィンの反応に気付いたのか、アンゼリカは離した手でリィンの肩を軽く叩いた。
「まぁあまり硬くならないでくれ。なんだったら君もアンちゃんと呼んでくれて構わないよ」
「い、いやそれはさすがに遠慮します…」
いくらなんでも会って数分で女性に対してそれはハードルが高すぎる。
苦笑しているとトワが叱る顔をして腰に両手をあててアンゼリカを睨んだ。
「もーアンちゃんてばからかわないの。リィンくん座って。お茶でも出すよ。あ、コーヒーがいい?」
「え、いや俺はこれで」
思いつきで手伝ったようなものなのに、これ以上迷惑はかけたくなかった。
辞そうとするリィンにアンゼリカが悠然と微笑みかけた。
「遠慮することはないさ。トワを手伝ってくれたなら盛大に恩返しをしないとね。昼食は?」
横目で見れば店内に他に客はいないようだった。
二人に感じた既視感が気になったこともあって、リィンは素直に申し出を受けることにした。
「それじゃあお邪魔します。あ、お茶でお願いします…昼食は」
大丈夫です、と続けようとした瞬間に腹の虫が鳴った。
そういえば列車内でサンドイッチを口にしたきり何も食べていない。
リィンは耳まで赤くなるのを感じて俯いた。
「ふふっ、まだみたいだね。待っててね、カレーがあるから持ってくるよ。あれ、そういえばクロウくんが作ってくれたサンドイッチもあったっけ?」
「あれはさっきジョルジュが持って行ったよ。元々店用に作ったものじゃないみたいだし」
「え!?」
思いもよらない名前が飛び出してリィンはスツールへ落ち着けかけた腰を再度浮かせた。
その反応に二人が驚いたようにリィンを見つめた。
「…そんなに食べたかったのかい?なら今からでも作るけど」
「いやいやいやそっちじゃなくて!今、今クロウって!」
「クロウくんを知ってるの?」
導力ポッドに水を注ぎながらトワが首を傾げた。
リィンはいきりたったもののなんと答えたものか少し躊躇った。
知っているといえば知っているが、正直知っていると言えるほど知ってはいない。
かといってこれをそのまま説明すると怪しい以外の何物でもない。
「ええと…実は色々あって、彼を探していて」
「クロウを探す?」
その言葉でアンゼリカの気配が少し鋭くなった気がした。
見ればトワにも緊張した気配がある。
(なんだ…?)
全て説明して不審がられるならともかく、この一言でこの二人の反応は奇妙だった。
「あの…俺何か変なこと言いましたか」
気まずくなって問うと二人は顔を見合わせ、しばし見つめ合ってから互いに頷いた。
「いや、あいつあちこちでトラブルを起こしてくるからまた何かしたのかと思ってね。
ゲームで負けてそのまま逃げたとか、賭けに負けて借金したとか…」
「えぇ…」
呆れて思わず気の抜けた声が出た。
そんなヤツを探しているのか、と思うと同時に彼らしいとため息をつくような思いがあるのが不思議だった。
「いや特にまだ迷惑をかけられてはいないんですが。…その、すごく…変な話なので、話しても信じてもらえるかどうか…」
言い淀むと二人はまた顔を見合わせた。
「ならお茶が入ってからにしようか。アンちゃんもお茶でいい?」
「そうだな。ついでに私も食事にしよう。トワも食べるかい?」
「うんっ。あ、リィンくんは座っててね」
「え、あ、はい」
ぱたぱたと動き始めた二人をしばらく所在なげに見つめていたが、手を出せることもなさそうだったので再び椅子に腰をおろした。
あんな雲をつかむような話をするのは気が引けるが、クロウを知っているなら彼の居場所もわかるかもしれない。
ようやく手がかりと言えそうなものを掴めてリィンは逸る心を抑えるように太刀を握り締めた。
※
「へぇー…なんだか不思議なお話だねぇ」
トワが淹れてくれたお茶に店のメニューの一つらしいカレーをお供にリィン自分が見続けた夢の話を二人にした。
先ほどクロウに出会った時の話もしたものか迷ったが、場所とタイミングが微妙だっただけに告げていいことなのかわからず言えなかった。
だから、クロウという名前だけは知っていた、という嘘をつく羽目になってしまった。
「…こんな話、信じてもらえるんですか?」
少しだけうしろめたさを感じながら問うと、トワはカレーの最後の一口を飲み込んでからにっこり笑った。
「リィンくんが嘘言ってるようには見えないもん。…それに、私とアンちゃんもリィンくんに初めて会った気がしないし」
ね、とアンゼリカに微笑みかけると彼女も頷いた。
「それにそんな素っ頓狂な作り話をするメリットが君にない。なんらかの思惑があって嘘をついているならもっとそれらしい話がいくらでも作れるだろうしね」
「やっぱり素っ頓狂ですよね…」
「もう、アンちゃんてば!」
「別にバカにしたつもりはないよ。でも不思議な話なのは確かだろう?会った事の無い人間をずっと夢に見ていて、それが行った事も無い街で実在してるなんて。前世で会ってるなんてことでもなければ…」
「アン、トワ、またあったみたいだ」
アンゼリカの言葉を遮るようにして店の奥から大柄な男が出てきた。
作業着のような服装の腹の部分が見事に突き出ている、温和な顔つきの男性だった。
ジョルジュ先輩。
頭に名前が閃いて、リィンは自分に驚愕した。
(また…!この人もしって、る?)
先ほどアンゼリカがその名を出していた気がするし、状況から考えると店の奥から出てきた以上、その名が彼の名であると予測はできる。
けれど名前の後ろに無意識でつけた『先輩』の文字にまるで心当たりがない。
「また…ってジョルジュくん」
「まさか」
「そのまさかだよ…おっと、お客さんかい?」
リィンの物思いをよそに会話を続けていたジョルジュはそこでようやく自分の存在に気付いたようだった。
どうやら自分は外した方が良さそうだ。
そう考えてリィンは物思いを断ち切って椅子から立ち上がった。
「なんだかお取込みのようなのでそろそろ失礼します。…また来ても大丈夫ですか?」
もしかしたらクロウもここに来るかもしれない。
それに彼らに感じる既視感も見過ごせなかった。
「ご、ごめんねリィンくん。もちろんいつでも来て」
「ごめんよ、なんだか邪魔しちゃったみたいだ」
ジョルジュが申し訳なさそうに頭をかくのに、リィンは首を振って微笑んだ。
「こちらこそお邪魔しました。それとごちそうさまです。お茶もカレーもすごくおいしかったです」
「お粗末さま。今度はクロウもいるといいんだが」
そうあってほしいものだ。
リィンは頷いてもう一度感謝を告げてから店を出た。
少しずつ、日が傾き始めていた。
※
ある程度の準備は出発前にしてきたものの、あまり大荷物を持ち歩くのも躊躇われたので最低限のものしか持って来ていなかったリィンはホテルに戻るまでにいくらか買い出しをした。
これでしばらくジュライに滞在するのに不便はないだろう。
あとは金銭がどの程度続くか次第だった。
出立前に両親からいくらか余計に預かった。
自分の勝手のために申し訳ないと思ったが、どれだけ滞在することになるかわからなかったのでいつか返すと自分に言い聞かせて受け取った。
リィンにも何をどうすれば決着がついて自分が故郷に戻る気になれるのかわからない以上、いくらあっても多いとは言えないのだ。
(クロウには会えた…でも会ってどうしたかったんだ?)
ベッドに横たわって物思いに耽る。
自宅の部屋のものとは違う色の天井に今日の一瞬の出会いを映すように思い返した。
(あちらも俺を見て何かを感じたみたいだった。それに…)
トワ、アンゼリカ、そしてジョルジュ。
ジョルジュが自分に既視感を感じてくれたのかはわからないが、少なくともリィン自身はトワとアンゼリカに感じたものと同じものを感じた。
(あれ、そういえば…)
衝撃的なことが色々あって忘れていたが、工場の事件前に港で会った少年にも既視感を感じたことを思い出した。
「…俺、こういう病気とかじゃないだろうな…」
見かける度に相手に会った事があると思いこむただの妄想狂だとしたら目も当てられない。
けれどトワやアンゼリカの言葉がそれを否定する。
(二人も俺のことを知っている気がすると言ってくれた。それにクロウも、間違いなく知らないはずの俺の名前を呼んだ)
今、こうして思い出してもそのことをどうしようもなく嬉しく感じた。
だがそれと同時にひどく辛い思いをしたような焦りも蘇ってくる。
離れている間に何か取り返しのつかないことが起こってしまうような感覚と喪失感。
「ああもう!!」
どうにもならない切なさで頭がいっぱいになりそうになってリィンは飛び起きた。
がしがしと頭を掻いて落ち着け、と自分に言い聞かせる。
(少なくとも今のジュライで今日明日にも一般人がどうにかなるような事が起きるとは思えない。
クロウだって素人の身のこなしじゃなかったし、もし何か危険な状況ならトワさん達もあんな様子じゃないだろうし)
また明日あの店に行けばきっと会える。
そう自分に言い聞かせてリィンは明かりを消して再び横になった。
(知りたい…あの夢はなんなのか、俺はどうしてあの人達を知ってるのか)
それまでは故郷に帰ることなどできない。
焦るな、ともう一度自分の内に呟いてリィンは目を閉じた。
夢を見ていた。
ぼんやりと風景に霞がかかっていてどこか色褪せたように見えることでそれが夢だと気付いた。
夢の中には自分が立っていた。
(学校の制服…?)
自分は見たこともない赤い制服を纏って見たこともない場所に立っていた。
知らないはずなのに、その制服も場所も胸が痛くなるほど懐かしかった。
自分は目の前の建物に入ろうとしているようで二階建ての建物を見上げていた。
『よ、後輩君』
声がかけられて自分が振り向く。
その視線の先に―――――
「クロウ!!」
実際に叫んだのか、夢の中で叫んだのか、とにかく叫んだ感覚で目が覚めた。
リィンはむくりと起き上がってベッド横の窓から差し込む日差しに目をこすった。
「なんだ今の夢…」
これまで見てきた夢とは違う夢だった。
あんな場所に行った覚えはないし、制服もリィンがユミルで通った学校とは違うものだった。
「でも…知ってる…。俺はあそこを知ってる…」
そしてあの情景も知っている気がした。
『ゲームで負けてそのまま逃げたとか、賭けに負けて借金したとか…』
ふと昨日のアンゼリカの言葉が頭に蘇った。
そう、確か何か勝負だかゲームだかをしたのだ。
「50、ミラ」
無意識の自分の呟きに引き出されるように『知らない記憶』が蘇る。
(そうだ、50ミラを貸した…というか持って行かれたんだ…)
それが出会いだった。
初対面の人間の所業としては割と最悪の部類に入る気がする。
「ろくでもないのは自分じゃないか…」
呟きながらリィンは何故か自分が笑っていることに気付いた。
そんなむちゃくちゃな出会いの想い出が大切でたまらない。
(やっぱり確かめないと)
リィンは頭を振って眠気を追い払うと出かける準備をするべくベッドから出た。
続く!
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