ゲームやなんかの好きなものについて語ります。
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また一人増えます。
最終的にセリフが少なくなっていく人がたくさんいそう。
まだまだ続きます。
―――――――――――――――--------------------------------------------------------------------------------
少し走ると焔の勢いが弱まってきた気がした。
どうやら火元は来た方向らしく、こちらはまだマシなようだった。
それでも比較の問題でしかないので時間をかけられないことに変わりはない。
「まったく…どこに行っちゃったんだ」
「こんなとこ勢いで突っ込んで行くなんてちょっとあほ」
「会ってもない相手の事そんな風に言うんじゃありません」
窘めたものの、見付けたらマキアスの方も少し叱らないといけないな、と思って苦笑する。
ついさっきだって剣を提げた兵士に食ってかかっていたのだ。
もう少し自分の身を顧みてもらわないと困る。
「誰かいる」
「えっ」
フィーの視線を追うと確かに前方に人影が見えた。
二人いて、片方は座り込んで、もう片方は立っているようだった。
立っている方は何かを座り込んでいる方へ向けて構えている。
「――――!マキアス!」
銃を構えた兵士が尻餅をついた状態のマキアスに銃口を向けている。
そう認識した瞬間にリィンは足を踏み出して腰に手をやり…空を掴んだ。
「ってそうだった!今日に限って置いて来てる!?」
出足を挫かれたリィンの代わりにフィーが飛び出した。
短刀を構えると同時に鋭い銃声が響き、兵士の銃口を弾いた。
(できるかわからないけどやるしかない…っ!)
リィンはそれを追うように距離を詰め、兵士の懐に飛び込む。
そのまま銃身を腕でいなして鋭い突きを兵士の胴に叩き込んだ。
「ぐっ…」
(浅いか?!)
兵士は体勢を乱したが意識までは奪えなかったようだ。
瞬間迷ったが、気配を察して咄嗟に一歩下がる。
その間にフィーが飛び込んで来て、短刀の柄で兵士の顎を打った。
「あがっ!?」
その衝撃に耐えられずに兵士はそのまま仰向けに倒れてしまった。
フィーは構えを解かずにしばらく様子を見ていたが、動かないのを確認して落ちていた兵士の銃を炎の中へ放った。
「…おけ」
「助かった。すごいな、俺よりもずっといい動きだった」
「…リィンもなかなか」
フィーは少し照れくさそうにしながらもVサインをしてみせる。
それに笑みを返しながらリィンは内心息をついた。
無手の型。
太刀が奪われたり落とされたりした時の型として稽古はしていたが、実戦で使うのは初めてだった。
(なんとかなってよかった…。フィーがいなかったら危なかったが)
安堵の息をついてからへたり込んだまま呆然としているマキアスを振り返る。
「大丈夫か?怪我は?」
「あ、あぁ……てtなんで子供がここにいる!?そもそも君は誰だ!いやどこかで会ったか…いや気のせいか?
一体何がどうなってなんで兵士が僕を」
「…うるさいー」
耳を塞いでみせるフィーに苦笑しながらリィンはマキアスに手を差し伸べた。
「とりあえずマキアスは落ち着こう。今は説明してる暇はない。早くここから出よう」
リィンはマキアスを助け起こすと次は倒れた兵士の腕を担ぎ上げた。
銃を向けられたとはいえ、ここに置いて行っては火に呑まれてしまう。
「し、しかし」
「…ここには民間人はいない。こんなのが襲ってくるだけ」
フィーはマキアスの意を察したのかリィンが肩を貸している兵士を指差してみせた。
「~~~っ、わからないがわかった!ここから出たら色々説明してもらうぞ!」
言ってマキアスはリィンと反対側の兵士の腕を肩に担いだ。
リィンはフィーと頷き合うと出口を目指して歩き出した。
「はぁぁぁぁ~~~っ…」
とりあえず安全そうなところに兵士を放って三人は火事現場から少し離れたところでようやく息をついた。
「死ぬかと思ったよ…。マキアス、気持ちはわかるけど勢いで飛び込んで行くのはやめてくれ。
命がいくつあっても足りないぞ」
「う、す、すまない…」
さすがに申し訳なさそうにマキアスは頭を下げた。
すまなさそうな顔をしているが髪の毛はあちこち焦げているし、眼鏡は煤でまだらになっているし、顔もまっ黒でなんだか笑えてしまった。
「リィン、笑ってるが君だって同じような有様だぞ」
「はは、そうだろうな。でもよかった、誰も怪我がなくて。フィーのおかげだ…」
言いながら視線をやるとフィーがちょうど地面を蹴ったところだった。
「あ!」
重力を感じさせない身軽さで傍に積んであったコンテナの上に飛び乗る。
最初に会った時のようにリィン達を見下ろしながらフィーは首を振った。
「もうこんなとこに飛び込んできちゃだめ。巻き込まれたくなければジュライを出て」
「フィー!」
「こ、こら待て!まだ何も説明してもらってないぞ!」
「…説明するとはいってない」
「なんだとー!」
マキアスの怒りの声を無視してフィーはそのままコンテナの向こうへ消えてしまった。
あの勢いで逃げられたらリィン達ではとても追いつけないだろう。
去り際少し微笑んだように見えたせいか、クロウに去られた時のような呆然とした感覚はなかった。
「しかしなんだって、あの兵士は何も言わずに民間人に銃を向けてきたんだ」
マキアスの言葉にフィーが去った方向を見つめていた視線を彼へと向ける。
「誰何もされなかったのか?」
「むしろ人影が見えたからこちらから声をかけたんだ。兵士だったから手伝えることがあるか聞いたら無言で銃を向けられた。なんだか様子がまともじゃなかった気がするが…」
「……」
兵士からは殺気が立ち上っていた。
恐らくリィン達が来なければマキアスは撃たれていたろう。
ジュライの兵士が独立派と反対派で争っていても、ジュライ自身がエレボニアと争っていても、民間人を問答無用で殺傷する理由にはならないはずだ。
加えてフィーの存在。
『知らない記憶』のせいで違和感はないが、見た目から推測できる年齢にしては高すぎる戦闘技術は一つの職業を連想させる。
だかもしそれが街中を横行闊歩しているなら本当に事態は差し迫っている。
そこまで考えてリィンは頭を振った。
情報は少なすぎる。今は何を考えても無駄だろう。
「とにかくマキアス、ここを離れよう。見つかったら面倒なことになりそうだ」
「あ、あぁそうだな。というかシャワーを浴びたい気分だ…」
「それは同感だ。でもマキアスは自業自得だぞ」
「う、わかってる…」
※
ホテルに戻るというマキアスと分かれたリィンは自分もホテルに戻るべく商業地区を歩いていた。
マキアスは疲れ切っていたようだし、とりあえず今日は無茶はしないだろう。
本当はブラウン・シュガーを訪ねるつもりだったがそれにしたって一旦シャワーを浴びて着替えないと何事かと思われるだろう。
(まったく…来て二日目でこんな目に遭うなんてな)
とはいえ、マキアスやフィーと会えたことはとても喜ばしいことに思えた。
心配事も多いが、不思議と不安はあまり感じなかった。
感じているとすれば…
「おい、そこの!止まれ!」
「え?」
考え事をしながら歩いていると急に兵士に前に立ちはだかられて危うくぶつかるところだった。
やはり国章をしていない、議会の私兵のようだった。
(なんだ…?太刀も持っていないし不審なことをしているつもりはなかったんだが)
警戒しながら前に立つ二人の兵士を観察する。
声をかけた方が上官のようで、もう一人は付き従うように剣に手を当てたまま少し下がって立っている。
炎の中で出会った兵士と違って問答無用で襲い掛かってくる気はないようだった。
「貴様…その煤だらけの姿、まさか先ほどの火事現場にいたのか?」
(!そうか、しまった…!)
自分で自分は見えないから失念していたが、恐らく今のリィンの姿は街中を歩くには浮いているだろう。
やましいところは何もないが、襲われたとはいえ兵士を一人倒しているし、逆に怪しくないという証明もできない。
「い、いやこれはその」
「怪しい奴…詰所まで来てもらおうか。抵抗すれば容赦はせんぞ」
(くっ…!)
ユミルに問い合わせてもらえば身元は証明できるだろうし、火事とは本当になんの関係もないのだから説明すればいいはずだ。
だが先ほどの兵士の不自然な様子が気になっていた。
増して今ジュライを追いだされでもしたらとても困る。
(どうすれば…!)
一か八か逃げるか、そう思った瞬間背後からぐっと肩を掴まれた。
「んなっ?!」
「このやろう、いねぇと思ったらこんなとこにいやがったか」
「くっ、くくく」
肩を組むようにして後ろからのしかかってきたのはクロウだった。
『口合わせろ』
早口で囁かれてリィンは咄嗟に口を噤んだ。
兵士二人は突然の闖入者に不審そうな顔をしている。
「まったく鍛冶師にそんなに長い昼休みはねぇんだよ。ましてやお前みたいなひよっこにはな。おら、とっとと親方んとこ戻るぞ…おっと」
そこで初めて兵士たちに気付いたようにクロウは視線を呆然としている二人に向けた。
「すんません、こいつがなんかしちまいましたかね?ほんと鈍くさいんでこいつ、迷惑かけたならすんません。
この通り、謝らせますんで」
クロウはぐっとリィンの頭を押して下げさせる。
どうも鈍くさい見習いという設定のようなので、とりあえずへらへら笑ってすみません、と呟いてみた。
「む…鍛冶師か。それでその姿か…。むう、仕方ない。今は大変な時世だ。あまり妙な格好でふらふらするな」
「いやーその通りで。親方にもいつも外に出るなら綺麗にしてから行けって言われてんのにこいつは」
「いてっ」
頭を小突かれて、演技ではなく声が出る。
さすがに恨めしそうに横目で睨むとどこか悪戯っぽい笑みが返ってきた。
「我らも忙しいのだ。とっとと仕事に戻れ」
「ありがとうございますっ。おらいくぞ」
「あ、ありがとうございまーす…」
なかば引きつった笑顔を浮かべながらリィンはそそくさとクロウを追ってその場を後にした。
しばらく背後の気配を窺っていたが、兵士たちの注意はすぐにリィンから逸れたようだった。
(……ふぅ)
内心で息をついて、今度は少し先を行くクロウの背中に意識を向ける。
クロウは黙ったまま同じ歩調で前を歩き続ける。
リィンも黙々とその後を追って同じ歩調で歩き続ける。
そのまましばらくひたすら進んでいたが、突然クロウの脚にぐっと力がこもった。
それを確認すると同時にリィンはクロウの背中にしがみついた。
「に~が~す~か~」
「ちっ、バレたか」
「バレるに決まってるだろ!助けたならちゃんと最後まで面倒見てくれ!」
「知るかオレは忠告したろーが!あぁもうわかった、逃げねぇから離せ!」
「信用できない」
「しろっての!てか無駄に注目浴びてんだよ!」
「え」
落ち着いて辺りを見回すと少なくない数の視線がこちらをちらちらと窺っている。
考えてみたら往来の真ん中で男にしがみついている男はちょっとどころではなく目立つ。
リィンは自分の状況に気付いて赤面しながらも渋々クロウから離れた。
「…ったく…。とにかくここじゃ話もできねぇ。ついてこい」
「あ、あぁ」
どうやら本当に逃げずにいてくれるようなので、リィンは今度はクロウの横に並んで歩き出した。
呆れ混じりの横顔を窺う。
彼の隣を歩いている。
そう思うだけでどうしようもなく喜ばしくて、同時にどうにもならないくらいに悲しい。
いつか奪われるものを得てしまったような、そんな切なさを振り払うようにリィンは唇を噛み締めた。
最終的にセリフが少なくなっていく人がたくさんいそう。
まだまだ続きます。
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少し走ると焔の勢いが弱まってきた気がした。
どうやら火元は来た方向らしく、こちらはまだマシなようだった。
それでも比較の問題でしかないので時間をかけられないことに変わりはない。
「まったく…どこに行っちゃったんだ」
「こんなとこ勢いで突っ込んで行くなんてちょっとあほ」
「会ってもない相手の事そんな風に言うんじゃありません」
窘めたものの、見付けたらマキアスの方も少し叱らないといけないな、と思って苦笑する。
ついさっきだって剣を提げた兵士に食ってかかっていたのだ。
もう少し自分の身を顧みてもらわないと困る。
「誰かいる」
「えっ」
フィーの視線を追うと確かに前方に人影が見えた。
二人いて、片方は座り込んで、もう片方は立っているようだった。
立っている方は何かを座り込んでいる方へ向けて構えている。
「――――!マキアス!」
銃を構えた兵士が尻餅をついた状態のマキアスに銃口を向けている。
そう認識した瞬間にリィンは足を踏み出して腰に手をやり…空を掴んだ。
「ってそうだった!今日に限って置いて来てる!?」
出足を挫かれたリィンの代わりにフィーが飛び出した。
短刀を構えると同時に鋭い銃声が響き、兵士の銃口を弾いた。
(できるかわからないけどやるしかない…っ!)
リィンはそれを追うように距離を詰め、兵士の懐に飛び込む。
そのまま銃身を腕でいなして鋭い突きを兵士の胴に叩き込んだ。
「ぐっ…」
(浅いか?!)
兵士は体勢を乱したが意識までは奪えなかったようだ。
瞬間迷ったが、気配を察して咄嗟に一歩下がる。
その間にフィーが飛び込んで来て、短刀の柄で兵士の顎を打った。
「あがっ!?」
その衝撃に耐えられずに兵士はそのまま仰向けに倒れてしまった。
フィーは構えを解かずにしばらく様子を見ていたが、動かないのを確認して落ちていた兵士の銃を炎の中へ放った。
「…おけ」
「助かった。すごいな、俺よりもずっといい動きだった」
「…リィンもなかなか」
フィーは少し照れくさそうにしながらもVサインをしてみせる。
それに笑みを返しながらリィンは内心息をついた。
無手の型。
太刀が奪われたり落とされたりした時の型として稽古はしていたが、実戦で使うのは初めてだった。
(なんとかなってよかった…。フィーがいなかったら危なかったが)
安堵の息をついてからへたり込んだまま呆然としているマキアスを振り返る。
「大丈夫か?怪我は?」
「あ、あぁ……てtなんで子供がここにいる!?そもそも君は誰だ!いやどこかで会ったか…いや気のせいか?
一体何がどうなってなんで兵士が僕を」
「…うるさいー」
耳を塞いでみせるフィーに苦笑しながらリィンはマキアスに手を差し伸べた。
「とりあえずマキアスは落ち着こう。今は説明してる暇はない。早くここから出よう」
リィンはマキアスを助け起こすと次は倒れた兵士の腕を担ぎ上げた。
銃を向けられたとはいえ、ここに置いて行っては火に呑まれてしまう。
「し、しかし」
「…ここには民間人はいない。こんなのが襲ってくるだけ」
フィーはマキアスの意を察したのかリィンが肩を貸している兵士を指差してみせた。
「~~~っ、わからないがわかった!ここから出たら色々説明してもらうぞ!」
言ってマキアスはリィンと反対側の兵士の腕を肩に担いだ。
リィンはフィーと頷き合うと出口を目指して歩き出した。
「はぁぁぁぁ~~~っ…」
とりあえず安全そうなところに兵士を放って三人は火事現場から少し離れたところでようやく息をついた。
「死ぬかと思ったよ…。マキアス、気持ちはわかるけど勢いで飛び込んで行くのはやめてくれ。
命がいくつあっても足りないぞ」
「う、す、すまない…」
さすがに申し訳なさそうにマキアスは頭を下げた。
すまなさそうな顔をしているが髪の毛はあちこち焦げているし、眼鏡は煤でまだらになっているし、顔もまっ黒でなんだか笑えてしまった。
「リィン、笑ってるが君だって同じような有様だぞ」
「はは、そうだろうな。でもよかった、誰も怪我がなくて。フィーのおかげだ…」
言いながら視線をやるとフィーがちょうど地面を蹴ったところだった。
「あ!」
重力を感じさせない身軽さで傍に積んであったコンテナの上に飛び乗る。
最初に会った時のようにリィン達を見下ろしながらフィーは首を振った。
「もうこんなとこに飛び込んできちゃだめ。巻き込まれたくなければジュライを出て」
「フィー!」
「こ、こら待て!まだ何も説明してもらってないぞ!」
「…説明するとはいってない」
「なんだとー!」
マキアスの怒りの声を無視してフィーはそのままコンテナの向こうへ消えてしまった。
あの勢いで逃げられたらリィン達ではとても追いつけないだろう。
去り際少し微笑んだように見えたせいか、クロウに去られた時のような呆然とした感覚はなかった。
「しかしなんだって、あの兵士は何も言わずに民間人に銃を向けてきたんだ」
マキアスの言葉にフィーが去った方向を見つめていた視線を彼へと向ける。
「誰何もされなかったのか?」
「むしろ人影が見えたからこちらから声をかけたんだ。兵士だったから手伝えることがあるか聞いたら無言で銃を向けられた。なんだか様子がまともじゃなかった気がするが…」
「……」
兵士からは殺気が立ち上っていた。
恐らくリィン達が来なければマキアスは撃たれていたろう。
ジュライの兵士が独立派と反対派で争っていても、ジュライ自身がエレボニアと争っていても、民間人を問答無用で殺傷する理由にはならないはずだ。
加えてフィーの存在。
『知らない記憶』のせいで違和感はないが、見た目から推測できる年齢にしては高すぎる戦闘技術は一つの職業を連想させる。
だかもしそれが街中を横行闊歩しているなら本当に事態は差し迫っている。
そこまで考えてリィンは頭を振った。
情報は少なすぎる。今は何を考えても無駄だろう。
「とにかくマキアス、ここを離れよう。見つかったら面倒なことになりそうだ」
「あ、あぁそうだな。というかシャワーを浴びたい気分だ…」
「それは同感だ。でもマキアスは自業自得だぞ」
「う、わかってる…」
※
ホテルに戻るというマキアスと分かれたリィンは自分もホテルに戻るべく商業地区を歩いていた。
マキアスは疲れ切っていたようだし、とりあえず今日は無茶はしないだろう。
本当はブラウン・シュガーを訪ねるつもりだったがそれにしたって一旦シャワーを浴びて着替えないと何事かと思われるだろう。
(まったく…来て二日目でこんな目に遭うなんてな)
とはいえ、マキアスやフィーと会えたことはとても喜ばしいことに思えた。
心配事も多いが、不思議と不安はあまり感じなかった。
感じているとすれば…
「おい、そこの!止まれ!」
「え?」
考え事をしながら歩いていると急に兵士に前に立ちはだかられて危うくぶつかるところだった。
やはり国章をしていない、議会の私兵のようだった。
(なんだ…?太刀も持っていないし不審なことをしているつもりはなかったんだが)
警戒しながら前に立つ二人の兵士を観察する。
声をかけた方が上官のようで、もう一人は付き従うように剣に手を当てたまま少し下がって立っている。
炎の中で出会った兵士と違って問答無用で襲い掛かってくる気はないようだった。
「貴様…その煤だらけの姿、まさか先ほどの火事現場にいたのか?」
(!そうか、しまった…!)
自分で自分は見えないから失念していたが、恐らく今のリィンの姿は街中を歩くには浮いているだろう。
やましいところは何もないが、襲われたとはいえ兵士を一人倒しているし、逆に怪しくないという証明もできない。
「い、いやこれはその」
「怪しい奴…詰所まで来てもらおうか。抵抗すれば容赦はせんぞ」
(くっ…!)
ユミルに問い合わせてもらえば身元は証明できるだろうし、火事とは本当になんの関係もないのだから説明すればいいはずだ。
だが先ほどの兵士の不自然な様子が気になっていた。
増して今ジュライを追いだされでもしたらとても困る。
(どうすれば…!)
一か八か逃げるか、そう思った瞬間背後からぐっと肩を掴まれた。
「んなっ?!」
「このやろう、いねぇと思ったらこんなとこにいやがったか」
「くっ、くくく」
肩を組むようにして後ろからのしかかってきたのはクロウだった。
『口合わせろ』
早口で囁かれてリィンは咄嗟に口を噤んだ。
兵士二人は突然の闖入者に不審そうな顔をしている。
「まったく鍛冶師にそんなに長い昼休みはねぇんだよ。ましてやお前みたいなひよっこにはな。おら、とっとと親方んとこ戻るぞ…おっと」
そこで初めて兵士たちに気付いたようにクロウは視線を呆然としている二人に向けた。
「すんません、こいつがなんかしちまいましたかね?ほんと鈍くさいんでこいつ、迷惑かけたならすんません。
この通り、謝らせますんで」
クロウはぐっとリィンの頭を押して下げさせる。
どうも鈍くさい見習いという設定のようなので、とりあえずへらへら笑ってすみません、と呟いてみた。
「む…鍛冶師か。それでその姿か…。むう、仕方ない。今は大変な時世だ。あまり妙な格好でふらふらするな」
「いやーその通りで。親方にもいつも外に出るなら綺麗にしてから行けって言われてんのにこいつは」
「いてっ」
頭を小突かれて、演技ではなく声が出る。
さすがに恨めしそうに横目で睨むとどこか悪戯っぽい笑みが返ってきた。
「我らも忙しいのだ。とっとと仕事に戻れ」
「ありがとうございますっ。おらいくぞ」
「あ、ありがとうございまーす…」
なかば引きつった笑顔を浮かべながらリィンはそそくさとクロウを追ってその場を後にした。
しばらく背後の気配を窺っていたが、兵士たちの注意はすぐにリィンから逸れたようだった。
(……ふぅ)
内心で息をついて、今度は少し先を行くクロウの背中に意識を向ける。
クロウは黙ったまま同じ歩調で前を歩き続ける。
リィンも黙々とその後を追って同じ歩調で歩き続ける。
そのまましばらくひたすら進んでいたが、突然クロウの脚にぐっと力がこもった。
それを確認すると同時にリィンはクロウの背中にしがみついた。
「に~が~す~か~」
「ちっ、バレたか」
「バレるに決まってるだろ!助けたならちゃんと最後まで面倒見てくれ!」
「知るかオレは忠告したろーが!あぁもうわかった、逃げねぇから離せ!」
「信用できない」
「しろっての!てか無駄に注目浴びてんだよ!」
「え」
落ち着いて辺りを見回すと少なくない数の視線がこちらをちらちらと窺っている。
考えてみたら往来の真ん中で男にしがみついている男はちょっとどころではなく目立つ。
リィンは自分の状況に気付いて赤面しながらも渋々クロウから離れた。
「…ったく…。とにかくここじゃ話もできねぇ。ついてこい」
「あ、あぁ」
どうやら本当に逃げずにいてくれるようなので、リィンは今度はクロウの横に並んで歩き出した。
呆れ混じりの横顔を窺う。
彼の隣を歩いている。
そう思うだけでどうしようもなく喜ばしくて、同時にどうにもならないくらいに悲しい。
いつか奪われるものを得てしまったような、そんな切なさを振り払うようにリィンは唇を噛み締めた。
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今回は二人新登場。
再プレイしないと話口調がなんだか覚束ないです…。
ちなみにリィンとマキアスが泊っているホテルですが、そのつもりまったくなかったのにリィンのホテルを「西風」にしていたので、ならばと対比させてマキアスの方をつけました。
ほんとは星座ですが、まぁそこは。
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ジュライでの二日目。
リィンは太刀をホテルに置いて、行政地区へ向かってみることにした。
早くブラウン・シュガーへ行ってみたいのは山々だったが、まだ朝早いこと、開店時間を昨日確認しなかったこともあって一旦まだ回っていない地区を見てみることにしたのだ。
行政地区には他の地区より高い建物が多いようだった。
その中でもジュライ議会の本拠地にあたる議事堂は頭抜けて高く、中心の尖塔は街のどこからでも見ることができるほどだ。
リィンはとりあえずその議事堂を目指してみることにした。
本気で会える期待をしたわけではなかったが、ジュライ独立を決めた議長の姿を見てみたいという気がしたからだ。
昨日見た通り行政地区の中は特に兵士の姿が多かった。
かならずどこかに兵士の姿があり、厳しく周囲を警戒しているように見えた。
(まぁ…あんな昨日みたいな襲撃があるんじゃ警戒もするよな…)
だがジュライの中でそんな風に争っているようで、いざ首都と戦うとなったらどうするつもりなのだろう。
やはり正気の沙汰とは思えなかった。
そんなことを考えながら歩いているとあっという間に議事堂の前に辿り着いていた。
兵士が多いものの、役所などもあるためか一般人がいないわけではない。
怪しい行動さえ取らなければ見て回ることはできるようだった。
「ええいうるさい!何度言っても同じことだ!」
「ん?」
怒鳴り声に目をやると、議事堂の敷地内へ続く門の前で誰かが揉めているようだった。
「あれは…」
リィンは目を瞠った。
門の前で衛兵に突き飛ばされて尻餅をついている少年に見覚えがあった。
少年は今にも剣を抜きかねない様子の衛兵にも臆することなく立ち上がった。
「だから僕は首都議会からの正式な使者だと言っているだろう!とにかく議長と話をさせてくれ!
証拠ならこの議長印のある委任状がある!」
「議長はお会いにならん!大体貴様のようなガキの何が使者だバカバカしい!」
「だ、だから委任状があると言っているだろう!取り次ぎくらいしてくれたって…」
「あ、あのすみません!」
リィンはなおも食ってかかろうとする少年の腕を引っ張って割り込んだ。
お互いに向けられていた剣呑な視線が一気にリィンに移る。
「こいつ正義感の強いヤツで、ここしばらくの爆発事故ですっかり熱くなっちゃって。
なんとしてでも議長に直談判しにいくなんて…ご迷惑おかけしました」
「なにをもがっ!」
リィンは反論しようとした少年の口を塞いで耳元に顔を寄せた。
「これ以上ここで騒いでも相手を頑なにさせるだけだ。一旦引こう」
「…くっ」
少年が大人しくなったのを確認するとリィンはそのまま少年を引きずるようにして後ずさり始めた。
「本当にすみませんでした。では失礼します…」
「ふんっ」
衛兵もこれ以上こだわるつもりもないようで姿勢を正して視線を前の通りへ戻した。
(…ん?)
その様子を確認していてリィンは初日に兵士たちを見ていて感じた違和感をもう一度感じた。
そして、その正体に気付いた。
(これは……)
「ええい、いい加減離してくれ!」
「あ、すまない」
もうだいぶ門からは離れたが少年を羽交い絞めにしたままだった。
少年は息をついて身なりを整えると戸惑ったような表情でリィンを見た。
「君は一体何物なんだ?何故僕を助けるような事をした?」
問われてリィンは言葉に詰まった。
一方的に感じた既視感に衝き動かされて助けたといっても不審がられるだけだろう。
「…特に深い意味はないんだ。あのままじゃ良くないことになりそうだったから、つい」
苦し紛れに言って相手の反応を伺う。
少年は真っ直ぐな目でリィンを見つめ返してきた。
ひらすら真意を見定めるような鋭い視線をリィンもしっかりと受け止めた。
「でも、迷惑だったらすまなかった」
「………いや」
少年は指先で眼鏡を上げると少し微笑んだ。
「お人好しだな君は。…僕はマキアス。首都から来た」
差し出された手をリィンも微笑んで握り返す。
「俺はリィン。ユミルから…ええと、知り合いを訪ねてきたんだ。…さっき首都議会の使いとか言ってたようだけど…俺と同じくらいに見えるけど、すごいんだな」
素直な感嘆をこめて言うと、マキアスは気まずそうに目を逸らした。
「本当の事を言うと使者と言っても正式なものではないんだ。僕はただの議員見習いの勉強性なんだが、議会にその…知り合いがいて、今回のジュライの一件で困っているようだったから。それでせめて様子だけでも報告できればと思ったんだが…思っていたよりもまずい状況みたいだな」
マキアスの言葉にリィンは頷いた。
ジュライに来た時から兵士の姿に感じていた違和感。
先ほど近くで兵士を見てその正体に気付いたのだ。
「…ジュライの兵士は国章をつけていない。議会は本格的にエレボニアに反して独立するつもりだ」
まるで制服の一部であるかのように襟元に飾られる国章はどこの州兵であろうと議会直属の兵士であろうと必ずつけることを義務付けられている。
それを外すということはジュライの兵士は独立に賛同し、既にエレボニアの国民であることを辞めているということを意味している。
「このままではまずい。議会の強硬派は正規軍を出しての鎮圧も辞さない構えだ。今はまだ穏健派が相当数いて拮抗しているし、議会の意見が一致するまで正規軍は動かせない。だがそれもいつまでもつか…このままじゃ内乱になる」
マキアスの言葉に唐突にリィンの胸の奥に震えるような不安が走った。
内乱などという言葉はここ200年平穏を保っているエレボニアには無縁の言葉だ。
ましてリィンには全く実感の湧かない言葉なのに、その響きは妙な焦りと不安を伴った。
それはマキアスも同じようだった。
険しい表情で議事堂を見上げたマキアスの視線を追ってリィンもそちらを見た。
「ジュライ市民この独立をどう考えているのかは知らないが、内乱なんかになれば確実に市民は巻き込まれる。戦場は状況的にジュライ周辺になるだろうし、そうなればどれだけ正規軍が気を払っても市民の犠牲が皆無というわけにはいかないだろう」
マキアスは苦渋の表情で拳を握り締めた。
「それだけは、させるわけにはいかない。なぜだかわからないが強くそう思うんだ」
まるでマキアスの言葉に呼応するようにリィンの頭にいくつかの光景が浮かんだ。
炎に揺れる町並み、泣き喚く子供、逃げ惑う人々。
そしてたくさんの人々に囲まれてベッドに横たわる老紳士。
流れていく水のように過ぎて行った光景にリィンの胸が切なく痛んだ。
「先ほどは失敗したが、僕は諦めない。絶対に内戦なんて起こさせてたまるか!」
言い放ったマキアスの瞳に決意の光が宿るのを見てリィンは更に強く彼を知っている、と感じた。
同時に力になりたいという気持ちが湧いて来て、それを自覚するよりも先に口が開いていた。
「マキアス、俺に何かできることがあれば言ってくれ。ジュライには来たばかりで大した力にはなれないかもしれないけど…力になりたいんだ」
リィンの申し出にマキアスは虚を突かれたように目を瞠った。
「…君は本当にお人好しだな。普通だったら怪しむところだが、何故か君は前に会ったような気すらする」
マキアスも同じように思っていてくれたことが嬉しくてリィンは顔を綻ばせた。
「実は俺もなんだ。俺は首都に行ったことがないから会っている可能性は低いけど…それでも何かの縁じゃないか?」
「…そうかもしれないな」
マキアスは気恥ずかしそうに眼鏡を押し上げながら、それでも表情を緩めた。
なんだかこの空気がひどく懐かしく感じて、同時に何かたくさんのものが足りないようなすかすかした寂しさを覚えた。
(…なんなんだろう、ジュライに来てから何度もあったこの感覚。もしかしたら…クロウに会えばそれで済むってことじゃないのかもしれないな…)
ジュライの独立騒ぎの裏で自分にも何かが迫っている。
そんな気がしてリィンは身震いした。
「とはいえ、僕もこれからどうするか決めているわけじゃないんだ。一旦ホテルに戻って作戦を練り直そうと思うが…君はどうする?」
「え?あ、あぁ、俺はちょっと行くところがあるから…商業地区の辺りだろ?一緒に戻るよ」
実体のない物思いから我に返って答えるとマキアスは怪訝そうな顔をしながらも頷いて身を翻した。
リィンも頭を振って今はどうにもならない不安を振り払う。
数歩進んでマキアスはもう一度頭だけで振り返って議事堂を見上げた。
まるでそこに何かの敵でも潜んでいるかのように睨み付けて、また歩き出した。
※
行政地区に比べると商業地区はかなり人が多いようだった。
マキアスによると観光客はだいぶ減っているようだが、それでも街行く人々の喧騒からは内乱間近という雰囲気は感じられない。
「マキアスはどlこのホテルに泊まってるんだ?」
「その先の『レッドスコーピオ』というホテルだ。名前は物騒だがサービスはなかなかいいぞ。リィンはその知り合いとやらの家に滞在してるのか?」
「あ、いや俺もホテルだよ。その先の『ウェストウィンズ』っていう…」
言いかけた時、また首筋に予感が走った。
咄嗟に顔を前に向けたと同時に爆音が鳴った。
「また…!」
「な、なんだ!?」
爆炎が立ち上ったのはまた工場地区の方だった。
周囲はあっという間に悲鳴やら不安そうなさざめきでいっぱいになる。
「いったい何が起こったんだ?!」
「独立派と反対派の抗争らしい。昨日も同じ辺りで爆発があったんだ」
「くっ……」
マキアスは少しの間立ち上る煙を睨み付けていたが、ぐっと唇を引き結ぶと爆発が起こった方向へ駆け出した。
「ちょっ、マキアス!?どうするつもりなんだ!?」
「このまま見過ごせるか!行って救助でもなんでも手伝う!」
「ちょっと待て…ってああもう!」
マキアス一人を行かせるわけにもいかず、リィンは彼を追って走り出した。
近くまで来ると思っていた以上にすさまじい有様だった。
炎は建物を包んで高く燃え上がり、あたりは煤色の煙が充満している。
「マキアスー!」
人ごみをかき分けながら走ったせいで途中で彼を見失ってしまった。
どうするつもりなのかわからないが、こんなところに入り込んではもしものことがあってもおかしくない。
「くそっ…視界が悪すぎて…!」
何かの工場の一つらしき鋼色の建物は薄い紅色に染まってゆらゆらと揺れて見える。
進むのを躊躇する熱量が迫ってくるが、それ以上に彼に何かあったらという焦りが胸を衝いた。
「行くしかないか…!」
リィンは意を決して口を袖で覆いながら炎の中へと進んで行った。
幸いというべきなのか、辺りには生きているものも死んでいるものも人の姿はまったく見えない。
(避難した後なのかな…それにしたって、消火している兵士すらいないのは…)
煙で涙の浮かんでくる目をこらして周囲を見回す。
まるでこの世に自分だけになってしまったのかと思うほど誰もいない。
「マキアス!どこにいるんだ?!」
呼びかけてみるが熱が喉を焼いて咳き込んだだけで返事が返ってくる様子はない。
(まずい、このままじゃ俺も…!)
どこかで崩れ落ちるような音も聞こえる。
あまり長くここにはいられないようだった。
(どうする…!というかどこに行っちゃったんだよマキアス!)
どうして今日話したばかりの相手の為にこんなに必死になっているのだろうとふと考える。
初めて会った気がしない。そしてあの思いこみの強さと真っ直ぐさを「らしい」と思う。
(なんなんだろう…この「知らない想い出」は…)
ふと昨日聞いたアンゼリカの言葉を思い出す。
前世で会ってでもいなければ。
アンゼリカはそう言いかけたのだ。
(前世だなんてバカげてると思うけど、どこかでそれで納得している俺がいる。クロウ達に感じる懐かしさと、あの夢…)
追い続けるクロウの背中。
そしてジュライに来てから度々よぎる、覚えのない記憶。
前世の自分の記憶なのだと言ってしまえば説明がついてしまうのだ。
(うーん、火に包まれながら考えることじゃないな…)
苦笑した瞬間、リィンは背筋に冷たい気配を感じて弾かれたように顔を上げた。
燃え盛る中に一つだけまだ火が回っていないタンクのようなものがある。
その上に小さな人影があった。
「誰だ!?」
「……そっちこそ、誰」
返ってきた声は驚くことに少女の声だった。
ぶわ、と熱風が炎と煙を吹き散らす。
その向こうに銀色の髪をした小柄な少女の姿があった。
(え……)
猫のような瞳と視線がぶつかって、またリィンの胸にあの感覚が湧き起こる。
リィンはあえて、その感覚に集中してみることにした。
すると胸の奥から一つの名前が浮かんできた。
「……フィー」
ぴくり、と少女が体を震わせた。
「なんで、わたしの名前…」
少女はタンクの上から目をこらしたようだった。
そして困惑したような顔をして、探るように自分の胸元を押さえた。
「リィン…?」
「…あぁ」
名前を呼んでくれたことが嬉しくてリィンは笑みを零したが、呼んだ本人は自分がその名を呼んだことに戸惑っているようだった。
フィーは音もなくタンクを蹴ると見上げる高さを事もなげに飛び降りてきた。
「なんだか猫みたいだな」
目の前に立ったフィーに苦笑してみせたが、彼女は真剣そのものの表情でじっとリィンの目を見つめてきた。
(猫って…目を逸らしたら負けなんだっけ)
別に負けたくないと思ったわけではなかったが、リィンもフィーの大きな瞳から目が逸らせなくなる。
先に目を逸らしたのはフィーの方だった。
まだ困ったように落ち着かない表情をしながら軽く地面を蹴ってリィンから距離を取った。
「早くここを出て。死にたくなければ」
「!」
まただ。
リィンはそう思って唇を噛んだ。
クロウも何も説明せずにただジュライから出て行けと言った。
どうしようもない疎外感と寂しさを感じてなんだか腹を立てたような気持ちになった。
「そういうわけにはいかない。友達がこの中に入っていってしまったんだ。マキアスを見つけるまでは俺も出て行くわけにはいかない」
「マキアス…?」
フィーはまた戸惑ったように胸を押さえた。
どうやら彼女はマキアスの名前にも反応しているようだった。
なんとなくそれにほっとしながらリィンは頷いた。
「大体危ないのはフィーも同じだろ。ここから出るなら一緒にだ」
「わたしは別に…んー…まぁいいや。とりあえずそのマキアスをさがそ」
「手伝ってくれるのか?」
こくん、とフィーは頷いて、左手の方を見つめた。
「他のところは一通り見て誰もいないの確認済み。多分いるならあっち」
「よし、行ってみよう。あまり長くはかけられない」
「ん」
先行して音もなく走り出したフィーの後を追って、リィンはまた走り出した。
続く!
再プレイしないと話口調がなんだか覚束ないです…。
ちなみにリィンとマキアスが泊っているホテルですが、そのつもりまったくなかったのにリィンのホテルを「西風」にしていたので、ならばと対比させてマキアスの方をつけました。
ほんとは星座ですが、まぁそこは。
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ジュライでの二日目。
リィンは太刀をホテルに置いて、行政地区へ向かってみることにした。
早くブラウン・シュガーへ行ってみたいのは山々だったが、まだ朝早いこと、開店時間を昨日確認しなかったこともあって一旦まだ回っていない地区を見てみることにしたのだ。
行政地区には他の地区より高い建物が多いようだった。
その中でもジュライ議会の本拠地にあたる議事堂は頭抜けて高く、中心の尖塔は街のどこからでも見ることができるほどだ。
リィンはとりあえずその議事堂を目指してみることにした。
本気で会える期待をしたわけではなかったが、ジュライ独立を決めた議長の姿を見てみたいという気がしたからだ。
昨日見た通り行政地区の中は特に兵士の姿が多かった。
かならずどこかに兵士の姿があり、厳しく周囲を警戒しているように見えた。
(まぁ…あんな昨日みたいな襲撃があるんじゃ警戒もするよな…)
だがジュライの中でそんな風に争っているようで、いざ首都と戦うとなったらどうするつもりなのだろう。
やはり正気の沙汰とは思えなかった。
そんなことを考えながら歩いているとあっという間に議事堂の前に辿り着いていた。
兵士が多いものの、役所などもあるためか一般人がいないわけではない。
怪しい行動さえ取らなければ見て回ることはできるようだった。
「ええいうるさい!何度言っても同じことだ!」
「ん?」
怒鳴り声に目をやると、議事堂の敷地内へ続く門の前で誰かが揉めているようだった。
「あれは…」
リィンは目を瞠った。
門の前で衛兵に突き飛ばされて尻餅をついている少年に見覚えがあった。
少年は今にも剣を抜きかねない様子の衛兵にも臆することなく立ち上がった。
「だから僕は首都議会からの正式な使者だと言っているだろう!とにかく議長と話をさせてくれ!
証拠ならこの議長印のある委任状がある!」
「議長はお会いにならん!大体貴様のようなガキの何が使者だバカバカしい!」
「だ、だから委任状があると言っているだろう!取り次ぎくらいしてくれたって…」
「あ、あのすみません!」
リィンはなおも食ってかかろうとする少年の腕を引っ張って割り込んだ。
お互いに向けられていた剣呑な視線が一気にリィンに移る。
「こいつ正義感の強いヤツで、ここしばらくの爆発事故ですっかり熱くなっちゃって。
なんとしてでも議長に直談判しにいくなんて…ご迷惑おかけしました」
「なにをもがっ!」
リィンは反論しようとした少年の口を塞いで耳元に顔を寄せた。
「これ以上ここで騒いでも相手を頑なにさせるだけだ。一旦引こう」
「…くっ」
少年が大人しくなったのを確認するとリィンはそのまま少年を引きずるようにして後ずさり始めた。
「本当にすみませんでした。では失礼します…」
「ふんっ」
衛兵もこれ以上こだわるつもりもないようで姿勢を正して視線を前の通りへ戻した。
(…ん?)
その様子を確認していてリィンは初日に兵士たちを見ていて感じた違和感をもう一度感じた。
そして、その正体に気付いた。
(これは……)
「ええい、いい加減離してくれ!」
「あ、すまない」
もうだいぶ門からは離れたが少年を羽交い絞めにしたままだった。
少年は息をついて身なりを整えると戸惑ったような表情でリィンを見た。
「君は一体何物なんだ?何故僕を助けるような事をした?」
問われてリィンは言葉に詰まった。
一方的に感じた既視感に衝き動かされて助けたといっても不審がられるだけだろう。
「…特に深い意味はないんだ。あのままじゃ良くないことになりそうだったから、つい」
苦し紛れに言って相手の反応を伺う。
少年は真っ直ぐな目でリィンを見つめ返してきた。
ひらすら真意を見定めるような鋭い視線をリィンもしっかりと受け止めた。
「でも、迷惑だったらすまなかった」
「………いや」
少年は指先で眼鏡を上げると少し微笑んだ。
「お人好しだな君は。…僕はマキアス。首都から来た」
差し出された手をリィンも微笑んで握り返す。
「俺はリィン。ユミルから…ええと、知り合いを訪ねてきたんだ。…さっき首都議会の使いとか言ってたようだけど…俺と同じくらいに見えるけど、すごいんだな」
素直な感嘆をこめて言うと、マキアスは気まずそうに目を逸らした。
「本当の事を言うと使者と言っても正式なものではないんだ。僕はただの議員見習いの勉強性なんだが、議会にその…知り合いがいて、今回のジュライの一件で困っているようだったから。それでせめて様子だけでも報告できればと思ったんだが…思っていたよりもまずい状況みたいだな」
マキアスの言葉にリィンは頷いた。
ジュライに来た時から兵士の姿に感じていた違和感。
先ほど近くで兵士を見てその正体に気付いたのだ。
「…ジュライの兵士は国章をつけていない。議会は本格的にエレボニアに反して独立するつもりだ」
まるで制服の一部であるかのように襟元に飾られる国章はどこの州兵であろうと議会直属の兵士であろうと必ずつけることを義務付けられている。
それを外すということはジュライの兵士は独立に賛同し、既にエレボニアの国民であることを辞めているということを意味している。
「このままではまずい。議会の強硬派は正規軍を出しての鎮圧も辞さない構えだ。今はまだ穏健派が相当数いて拮抗しているし、議会の意見が一致するまで正規軍は動かせない。だがそれもいつまでもつか…このままじゃ内乱になる」
マキアスの言葉に唐突にリィンの胸の奥に震えるような不安が走った。
内乱などという言葉はここ200年平穏を保っているエレボニアには無縁の言葉だ。
ましてリィンには全く実感の湧かない言葉なのに、その響きは妙な焦りと不安を伴った。
それはマキアスも同じようだった。
険しい表情で議事堂を見上げたマキアスの視線を追ってリィンもそちらを見た。
「ジュライ市民この独立をどう考えているのかは知らないが、内乱なんかになれば確実に市民は巻き込まれる。戦場は状況的にジュライ周辺になるだろうし、そうなればどれだけ正規軍が気を払っても市民の犠牲が皆無というわけにはいかないだろう」
マキアスは苦渋の表情で拳を握り締めた。
「それだけは、させるわけにはいかない。なぜだかわからないが強くそう思うんだ」
まるでマキアスの言葉に呼応するようにリィンの頭にいくつかの光景が浮かんだ。
炎に揺れる町並み、泣き喚く子供、逃げ惑う人々。
そしてたくさんの人々に囲まれてベッドに横たわる老紳士。
流れていく水のように過ぎて行った光景にリィンの胸が切なく痛んだ。
「先ほどは失敗したが、僕は諦めない。絶対に内戦なんて起こさせてたまるか!」
言い放ったマキアスの瞳に決意の光が宿るのを見てリィンは更に強く彼を知っている、と感じた。
同時に力になりたいという気持ちが湧いて来て、それを自覚するよりも先に口が開いていた。
「マキアス、俺に何かできることがあれば言ってくれ。ジュライには来たばかりで大した力にはなれないかもしれないけど…力になりたいんだ」
リィンの申し出にマキアスは虚を突かれたように目を瞠った。
「…君は本当にお人好しだな。普通だったら怪しむところだが、何故か君は前に会ったような気すらする」
マキアスも同じように思っていてくれたことが嬉しくてリィンは顔を綻ばせた。
「実は俺もなんだ。俺は首都に行ったことがないから会っている可能性は低いけど…それでも何かの縁じゃないか?」
「…そうかもしれないな」
マキアスは気恥ずかしそうに眼鏡を押し上げながら、それでも表情を緩めた。
なんだかこの空気がひどく懐かしく感じて、同時に何かたくさんのものが足りないようなすかすかした寂しさを覚えた。
(…なんなんだろう、ジュライに来てから何度もあったこの感覚。もしかしたら…クロウに会えばそれで済むってことじゃないのかもしれないな…)
ジュライの独立騒ぎの裏で自分にも何かが迫っている。
そんな気がしてリィンは身震いした。
「とはいえ、僕もこれからどうするか決めているわけじゃないんだ。一旦ホテルに戻って作戦を練り直そうと思うが…君はどうする?」
「え?あ、あぁ、俺はちょっと行くところがあるから…商業地区の辺りだろ?一緒に戻るよ」
実体のない物思いから我に返って答えるとマキアスは怪訝そうな顔をしながらも頷いて身を翻した。
リィンも頭を振って今はどうにもならない不安を振り払う。
数歩進んでマキアスはもう一度頭だけで振り返って議事堂を見上げた。
まるでそこに何かの敵でも潜んでいるかのように睨み付けて、また歩き出した。
※
行政地区に比べると商業地区はかなり人が多いようだった。
マキアスによると観光客はだいぶ減っているようだが、それでも街行く人々の喧騒からは内乱間近という雰囲気は感じられない。
「マキアスはどlこのホテルに泊まってるんだ?」
「その先の『レッドスコーピオ』というホテルだ。名前は物騒だがサービスはなかなかいいぞ。リィンはその知り合いとやらの家に滞在してるのか?」
「あ、いや俺もホテルだよ。その先の『ウェストウィンズ』っていう…」
言いかけた時、また首筋に予感が走った。
咄嗟に顔を前に向けたと同時に爆音が鳴った。
「また…!」
「な、なんだ!?」
爆炎が立ち上ったのはまた工場地区の方だった。
周囲はあっという間に悲鳴やら不安そうなさざめきでいっぱいになる。
「いったい何が起こったんだ?!」
「独立派と反対派の抗争らしい。昨日も同じ辺りで爆発があったんだ」
「くっ……」
マキアスは少しの間立ち上る煙を睨み付けていたが、ぐっと唇を引き結ぶと爆発が起こった方向へ駆け出した。
「ちょっ、マキアス!?どうするつもりなんだ!?」
「このまま見過ごせるか!行って救助でもなんでも手伝う!」
「ちょっと待て…ってああもう!」
マキアス一人を行かせるわけにもいかず、リィンは彼を追って走り出した。
近くまで来ると思っていた以上にすさまじい有様だった。
炎は建物を包んで高く燃え上がり、あたりは煤色の煙が充満している。
「マキアスー!」
人ごみをかき分けながら走ったせいで途中で彼を見失ってしまった。
どうするつもりなのかわからないが、こんなところに入り込んではもしものことがあってもおかしくない。
「くそっ…視界が悪すぎて…!」
何かの工場の一つらしき鋼色の建物は薄い紅色に染まってゆらゆらと揺れて見える。
進むのを躊躇する熱量が迫ってくるが、それ以上に彼に何かあったらという焦りが胸を衝いた。
「行くしかないか…!」
リィンは意を決して口を袖で覆いながら炎の中へと進んで行った。
幸いというべきなのか、辺りには生きているものも死んでいるものも人の姿はまったく見えない。
(避難した後なのかな…それにしたって、消火している兵士すらいないのは…)
煙で涙の浮かんでくる目をこらして周囲を見回す。
まるでこの世に自分だけになってしまったのかと思うほど誰もいない。
「マキアス!どこにいるんだ?!」
呼びかけてみるが熱が喉を焼いて咳き込んだだけで返事が返ってくる様子はない。
(まずい、このままじゃ俺も…!)
どこかで崩れ落ちるような音も聞こえる。
あまり長くここにはいられないようだった。
(どうする…!というかどこに行っちゃったんだよマキアス!)
どうして今日話したばかりの相手の為にこんなに必死になっているのだろうとふと考える。
初めて会った気がしない。そしてあの思いこみの強さと真っ直ぐさを「らしい」と思う。
(なんなんだろう…この「知らない想い出」は…)
ふと昨日聞いたアンゼリカの言葉を思い出す。
前世で会ってでもいなければ。
アンゼリカはそう言いかけたのだ。
(前世だなんてバカげてると思うけど、どこかでそれで納得している俺がいる。クロウ達に感じる懐かしさと、あの夢…)
追い続けるクロウの背中。
そしてジュライに来てから度々よぎる、覚えのない記憶。
前世の自分の記憶なのだと言ってしまえば説明がついてしまうのだ。
(うーん、火に包まれながら考えることじゃないな…)
苦笑した瞬間、リィンは背筋に冷たい気配を感じて弾かれたように顔を上げた。
燃え盛る中に一つだけまだ火が回っていないタンクのようなものがある。
その上に小さな人影があった。
「誰だ!?」
「……そっちこそ、誰」
返ってきた声は驚くことに少女の声だった。
ぶわ、と熱風が炎と煙を吹き散らす。
その向こうに銀色の髪をした小柄な少女の姿があった。
(え……)
猫のような瞳と視線がぶつかって、またリィンの胸にあの感覚が湧き起こる。
リィンはあえて、その感覚に集中してみることにした。
すると胸の奥から一つの名前が浮かんできた。
「……フィー」
ぴくり、と少女が体を震わせた。
「なんで、わたしの名前…」
少女はタンクの上から目をこらしたようだった。
そして困惑したような顔をして、探るように自分の胸元を押さえた。
「リィン…?」
「…あぁ」
名前を呼んでくれたことが嬉しくてリィンは笑みを零したが、呼んだ本人は自分がその名を呼んだことに戸惑っているようだった。
フィーは音もなくタンクを蹴ると見上げる高さを事もなげに飛び降りてきた。
「なんだか猫みたいだな」
目の前に立ったフィーに苦笑してみせたが、彼女は真剣そのものの表情でじっとリィンの目を見つめてきた。
(猫って…目を逸らしたら負けなんだっけ)
別に負けたくないと思ったわけではなかったが、リィンもフィーの大きな瞳から目が逸らせなくなる。
先に目を逸らしたのはフィーの方だった。
まだ困ったように落ち着かない表情をしながら軽く地面を蹴ってリィンから距離を取った。
「早くここを出て。死にたくなければ」
「!」
まただ。
リィンはそう思って唇を噛んだ。
クロウも何も説明せずにただジュライから出て行けと言った。
どうしようもない疎外感と寂しさを感じてなんだか腹を立てたような気持ちになった。
「そういうわけにはいかない。友達がこの中に入っていってしまったんだ。マキアスを見つけるまでは俺も出て行くわけにはいかない」
「マキアス…?」
フィーはまた戸惑ったように胸を押さえた。
どうやら彼女はマキアスの名前にも反応しているようだった。
なんとなくそれにほっとしながらリィンは頷いた。
「大体危ないのはフィーも同じだろ。ここから出るなら一緒にだ」
「わたしは別に…んー…まぁいいや。とりあえずそのマキアスをさがそ」
「手伝ってくれるのか?」
こくん、とフィーは頷いて、左手の方を見つめた。
「他のところは一通り見て誰もいないの確認済み。多分いるならあっち」
「よし、行ってみよう。あまり長くはかけられない」
「ん」
先行して音もなく走り出したフィーの後を追って、リィンはまた走り出した。
続く!
二話です。
出てくるキャラの順番にさして意味はないですが、中心になっているのがクロウとリィンなので必然的にそこらに関わりの強いキャラから出てきます。
Ⅶ組は全員出したいですが、今時点で正体のわからないミリアムはせ時間軸の設定上扱いづらいので出さない予定です。
というかあんな人数動かせないヨ!
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
工場方面から逃げてきた人々と一緒に兵士に追い払われてリィンは仕方なくホテルのある辺りに戻って来ていた。
ホテルへ帰る気もせずになんとなく店舗が並ぶ辺りをうろついていたが、思考が堂々巡りを繰り返すせいで何も目に入ってこない。
やはりホテルへ戻ろうか、とため息をついて足を止めた瞬間、角から飛び出してきた小さな影とぶつかってしまった。
「ひゃっ?!」
「うわ!?すみません!」
咄嗟に相手の腕を取って転ばないように支えてやる。
だが大きな荷物を抱えていたらしく、反動で缶詰やら果物やらがばらばらと零れ落ちた。
「うわわわ、ど、どうしよう」
「す、すみません!拾います」
車道へ飛び出していきそうなリンゴを拾い上げながら横目で見ると、子供かと思った小さな影は小柄なだけでリィンと同じ年頃の少女のようだった。
愛嬌のある大きな目と視線がぶつかった瞬間、心臓が跳ねたような気がした。
(なんだ…これ、さっきと同じ…)
知っている。
彼女を知っているという感覚と奇妙な懐かしさが胸に湧き上がる。
拾い上げたものを抱えたまま呆然と彼女を見つめていると、最後の缶詰を拾って袋に戻した少女が困ったように見上げてきた。
「ごめんね?どこか怪我したりしなかった?」
動かなくなってしまったリィンを気遣うようにくりくりとした瞳が見上げてくる。
リィンは我に返って慌てて抱えた品物を彼女に返した。
「いや、こちらこそすみません。ちょっと考え事をしていたので…」
頭を下げると彼女はにっこり笑って首を振った。
「私こそ急いでて前が見えてなくて…怪我がなくてよかったよ」
どう考えても彼女にぶつかられてリィンの方が怪我をするとは思えないのだが、少女の気遣いにリィンはただ苦笑を返すに留めた。
改めてよく見て気付いたが、前が見えなかったのは何も急いでいたからだけではないようだ。
彼女が抱えた大きな紙袋は完全に少女の視界を覆っているし、見ればそれ以外にも腕にいくつか袋を提げている。
「…あの、よかったら荷物手伝いましょうか?」
「ええ?!い、いいよ、悪いもん」
「どうせすることがなくて暇してるだけだったので…もし迷惑でなければ」
言いながら一番の難物と思しき紙袋を彼女の腕から引き取った。
ふと見ず知らずの男にここまでされても警戒するだけだろうかと思ったが、少女は申し訳なさそうに、けれど嬉しそうに微笑んだ。
「ありがと!それじゃお願いしようかな。あ、ええっとね、私はトワ。貴方は?」
その名前とひだまりのような微笑み。
また胸の奥を何かが刺激するのを感じて思わず胸を押さえる。
「俺は…リィンです」
動揺を抑えて名乗ると、トワはほんの少しぴくりと体を震わせて、そして何かを探るようにじっとリィンを見つめた。
「あ、あの?」
真っ直ぐな視線がこそばゆくなって思わず問うと、トワはぱっと顔を赤らめて胸の前で両手を振った。
「あ、ごめんね。どこかで会ったかなぁって気がしたけど、気のせいかな。いこっか、あっちだよ」
半ば駆けるように進み出したトワの背中を見つめながら、リィンはもう一度何か思い出すことがないか胸の奥を探ってみた。
けれど確かに彼女を知っているという妙な確信以外はやはり霞がかったように何も浮かぶことはなかった。
「ただいまー!」
トワが扉を開くと同時に明るく声をかける。
リィンはその後に続きながら、扉をくぐる前に建物を見上げた。
こじんまりとした二階建ての一軒家で、その一階を喫茶店にしているようだった。
扉の横には小さな看板が出ていて、『ブラウン・シュガー』と書いてある。
「リィンくんどうしたの?入って入って!」
子供のような仕草で手招きをする姿に苦笑しつつリィンは小さな鈴のついた扉をくぐった。
中は小さいが落ち着いた色合いの雰囲気のいい店のようだ。
「ここ…トワ…さんのお店なんですか?」
一瞬呼びかけ方に違和感を感じる。
『さん』ではなく別の言葉をこの名前につけて呼んでいたことがある気がした。
(いやいや、初対面の相手だぞ、他に呼び方ないだろ)
リィンの逡巡に買ってきたものの整理を始めていたトワは気付かなかったようだ。
ぱたぱたと棚に品物を片づけながら少し首を傾げた。
「私の…ってわけじゃないかな」
「それって…」
「おかえりトワ。まったく、それだけの量の買い出しに行くなら私が戻るのを待っててほしかったな」
リィンが問い返すより先に店の奥からすらりとした体つきの女性が姿を現した。
短い髪と切れ長の瞳のせいか妙に中性的に見えるその女性にも、リィンはまるで以前からの知り合いのような既視感を覚えた。
「おや?君は…」
その女性の視線がリィンへと移る。
彼女は小さく目を瞠って、しばらく考え込むようにリィンを見つめた。
「…どこかでお会いしたかな?」
「…どうでしょう、俺もどこかでお会いしたような気がするんですが」
「…やっぱりそうだよね!」
横でぽんとトワが手を打つ。
「でも会ってたら思い出すと思うんだけどなぁ。それもアンちゃんも知ってるような人だったら絶対忘れたりしないと思うのに」
トワは悔しそうに頬をむくれさせた。
「アンちゃん?」
「あ、そっか。紹介するね。彼女はアンゼリカ。私はアンちゃんって呼んでるんだけど。私と一緒にここのお店をやってるんだよ」
それでようやく『私のってわけじゃない』という言葉の意味がわかった。
アンゼリカは妖艶に微笑みながら片目を瞑ってみせた。
「よろしく、えぇと…」
「リィンです。よろしくお願いします」
名乗りながら差し出された手を握る。
握った手の感触にリィンは少し体を硬くした。
(この感じ…この人、何か武術の心得がある)
子供のような立ち居振る舞いをするトワとは対照的にしなやかで隙の無い身のこなしで、ただの喫茶店経営者にはとても見えない。
リィンの反応に気付いたのか、アンゼリカは離した手でリィンの肩を軽く叩いた。
「まぁあまり硬くならないでくれ。なんだったら君もアンちゃんと呼んでくれて構わないよ」
「い、いやそれはさすがに遠慮します…」
いくらなんでも会って数分で女性に対してそれはハードルが高すぎる。
苦笑しているとトワが叱る顔をして腰に両手をあててアンゼリカを睨んだ。
「もーアンちゃんてばからかわないの。リィンくん座って。お茶でも出すよ。あ、コーヒーがいい?」
「え、いや俺はこれで」
思いつきで手伝ったようなものなのに、これ以上迷惑はかけたくなかった。
辞そうとするリィンにアンゼリカが悠然と微笑みかけた。
「遠慮することはないさ。トワを手伝ってくれたなら盛大に恩返しをしないとね。昼食は?」
横目で見れば店内に他に客はいないようだった。
二人に感じた既視感が気になったこともあって、リィンは素直に申し出を受けることにした。
「それじゃあお邪魔します。あ、お茶でお願いします…昼食は」
大丈夫です、と続けようとした瞬間に腹の虫が鳴った。
そういえば列車内でサンドイッチを口にしたきり何も食べていない。
リィンは耳まで赤くなるのを感じて俯いた。
「ふふっ、まだみたいだね。待っててね、カレーがあるから持ってくるよ。あれ、そういえばクロウくんが作ってくれたサンドイッチもあったっけ?」
「あれはさっきジョルジュが持って行ったよ。元々店用に作ったものじゃないみたいだし」
「え!?」
思いもよらない名前が飛び出してリィンはスツールへ落ち着けかけた腰を再度浮かせた。
その反応に二人が驚いたようにリィンを見つめた。
「…そんなに食べたかったのかい?なら今からでも作るけど」
「いやいやいやそっちじゃなくて!今、今クロウって!」
「クロウくんを知ってるの?」
導力ポッドに水を注ぎながらトワが首を傾げた。
リィンはいきりたったもののなんと答えたものか少し躊躇った。
知っているといえば知っているが、正直知っていると言えるほど知ってはいない。
かといってこれをそのまま説明すると怪しい以外の何物でもない。
「ええと…実は色々あって、彼を探していて」
「クロウを探す?」
その言葉でアンゼリカの気配が少し鋭くなった気がした。
見ればトワにも緊張した気配がある。
(なんだ…?)
全て説明して不審がられるならともかく、この一言でこの二人の反応は奇妙だった。
「あの…俺何か変なこと言いましたか」
気まずくなって問うと二人は顔を見合わせ、しばし見つめ合ってから互いに頷いた。
「いや、あいつあちこちでトラブルを起こしてくるからまた何かしたのかと思ってね。
ゲームで負けてそのまま逃げたとか、賭けに負けて借金したとか…」
「えぇ…」
呆れて思わず気の抜けた声が出た。
そんなヤツを探しているのか、と思うと同時に彼らしいとため息をつくような思いがあるのが不思議だった。
「いや特にまだ迷惑をかけられてはいないんですが。…その、すごく…変な話なので、話しても信じてもらえるかどうか…」
言い淀むと二人はまた顔を見合わせた。
「ならお茶が入ってからにしようか。アンちゃんもお茶でいい?」
「そうだな。ついでに私も食事にしよう。トワも食べるかい?」
「うんっ。あ、リィンくんは座っててね」
「え、あ、はい」
ぱたぱたと動き始めた二人をしばらく所在なげに見つめていたが、手を出せることもなさそうだったので再び椅子に腰をおろした。
あんな雲をつかむような話をするのは気が引けるが、クロウを知っているなら彼の居場所もわかるかもしれない。
ようやく手がかりと言えそうなものを掴めてリィンは逸る心を抑えるように太刀を握り締めた。
※
「へぇー…なんだか不思議なお話だねぇ」
トワが淹れてくれたお茶に店のメニューの一つらしいカレーをお供にリィン自分が見続けた夢の話を二人にした。
先ほどクロウに出会った時の話もしたものか迷ったが、場所とタイミングが微妙だっただけに告げていいことなのかわからず言えなかった。
だから、クロウという名前だけは知っていた、という嘘をつく羽目になってしまった。
「…こんな話、信じてもらえるんですか?」
少しだけうしろめたさを感じながら問うと、トワはカレーの最後の一口を飲み込んでからにっこり笑った。
「リィンくんが嘘言ってるようには見えないもん。…それに、私とアンちゃんもリィンくんに初めて会った気がしないし」
ね、とアンゼリカに微笑みかけると彼女も頷いた。
「それにそんな素っ頓狂な作り話をするメリットが君にない。なんらかの思惑があって嘘をついているならもっとそれらしい話がいくらでも作れるだろうしね」
「やっぱり素っ頓狂ですよね…」
「もう、アンちゃんてば!」
「別にバカにしたつもりはないよ。でも不思議な話なのは確かだろう?会った事の無い人間をずっと夢に見ていて、それが行った事も無い街で実在してるなんて。前世で会ってるなんてことでもなければ…」
「アン、トワ、またあったみたいだ」
アンゼリカの言葉を遮るようにして店の奥から大柄な男が出てきた。
作業着のような服装の腹の部分が見事に突き出ている、温和な顔つきの男性だった。
ジョルジュ先輩。
頭に名前が閃いて、リィンは自分に驚愕した。
(また…!この人もしって、る?)
先ほどアンゼリカがその名を出していた気がするし、状況から考えると店の奥から出てきた以上、その名が彼の名であると予測はできる。
けれど名前の後ろに無意識でつけた『先輩』の文字にまるで心当たりがない。
「また…ってジョルジュくん」
「まさか」
「そのまさかだよ…おっと、お客さんかい?」
リィンの物思いをよそに会話を続けていたジョルジュはそこでようやく自分の存在に気付いたようだった。
どうやら自分は外した方が良さそうだ。
そう考えてリィンは物思いを断ち切って椅子から立ち上がった。
「なんだかお取込みのようなのでそろそろ失礼します。…また来ても大丈夫ですか?」
もしかしたらクロウもここに来るかもしれない。
それに彼らに感じる既視感も見過ごせなかった。
「ご、ごめんねリィンくん。もちろんいつでも来て」
「ごめんよ、なんだか邪魔しちゃったみたいだ」
ジョルジュが申し訳なさそうに頭をかくのに、リィンは首を振って微笑んだ。
「こちらこそお邪魔しました。それとごちそうさまです。お茶もカレーもすごくおいしかったです」
「お粗末さま。今度はクロウもいるといいんだが」
そうあってほしいものだ。
リィンは頷いてもう一度感謝を告げてから店を出た。
少しずつ、日が傾き始めていた。
※
ある程度の準備は出発前にしてきたものの、あまり大荷物を持ち歩くのも躊躇われたので最低限のものしか持って来ていなかったリィンはホテルに戻るまでにいくらか買い出しをした。
これでしばらくジュライに滞在するのに不便はないだろう。
あとは金銭がどの程度続くか次第だった。
出立前に両親からいくらか余計に預かった。
自分の勝手のために申し訳ないと思ったが、どれだけ滞在することになるかわからなかったのでいつか返すと自分に言い聞かせて受け取った。
リィンにも何をどうすれば決着がついて自分が故郷に戻る気になれるのかわからない以上、いくらあっても多いとは言えないのだ。
(クロウには会えた…でも会ってどうしたかったんだ?)
ベッドに横たわって物思いに耽る。
自宅の部屋のものとは違う色の天井に今日の一瞬の出会いを映すように思い返した。
(あちらも俺を見て何かを感じたみたいだった。それに…)
トワ、アンゼリカ、そしてジョルジュ。
ジョルジュが自分に既視感を感じてくれたのかはわからないが、少なくともリィン自身はトワとアンゼリカに感じたものと同じものを感じた。
(あれ、そういえば…)
衝撃的なことが色々あって忘れていたが、工場の事件前に港で会った少年にも既視感を感じたことを思い出した。
「…俺、こういう病気とかじゃないだろうな…」
見かける度に相手に会った事があると思いこむただの妄想狂だとしたら目も当てられない。
けれどトワやアンゼリカの言葉がそれを否定する。
(二人も俺のことを知っている気がすると言ってくれた。それにクロウも、間違いなく知らないはずの俺の名前を呼んだ)
今、こうして思い出してもそのことをどうしようもなく嬉しく感じた。
だがそれと同時にひどく辛い思いをしたような焦りも蘇ってくる。
離れている間に何か取り返しのつかないことが起こってしまうような感覚と喪失感。
「ああもう!!」
どうにもならない切なさで頭がいっぱいになりそうになってリィンは飛び起きた。
がしがしと頭を掻いて落ち着け、と自分に言い聞かせる。
(少なくとも今のジュライで今日明日にも一般人がどうにかなるような事が起きるとは思えない。
クロウだって素人の身のこなしじゃなかったし、もし何か危険な状況ならトワさん達もあんな様子じゃないだろうし)
また明日あの店に行けばきっと会える。
そう自分に言い聞かせてリィンは明かりを消して再び横になった。
(知りたい…あの夢はなんなのか、俺はどうしてあの人達を知ってるのか)
それまでは故郷に帰ることなどできない。
焦るな、ともう一度自分の内に呟いてリィンは目を閉じた。
夢を見ていた。
ぼんやりと風景に霞がかかっていてどこか色褪せたように見えることでそれが夢だと気付いた。
夢の中には自分が立っていた。
(学校の制服…?)
自分は見たこともない赤い制服を纏って見たこともない場所に立っていた。
知らないはずなのに、その制服も場所も胸が痛くなるほど懐かしかった。
自分は目の前の建物に入ろうとしているようで二階建ての建物を見上げていた。
『よ、後輩君』
声がかけられて自分が振り向く。
その視線の先に―――――
「クロウ!!」
実際に叫んだのか、夢の中で叫んだのか、とにかく叫んだ感覚で目が覚めた。
リィンはむくりと起き上がってベッド横の窓から差し込む日差しに目をこすった。
「なんだ今の夢…」
これまで見てきた夢とは違う夢だった。
あんな場所に行った覚えはないし、制服もリィンがユミルで通った学校とは違うものだった。
「でも…知ってる…。俺はあそこを知ってる…」
そしてあの情景も知っている気がした。
『ゲームで負けてそのまま逃げたとか、賭けに負けて借金したとか…』
ふと昨日のアンゼリカの言葉が頭に蘇った。
そう、確か何か勝負だかゲームだかをしたのだ。
「50、ミラ」
無意識の自分の呟きに引き出されるように『知らない記憶』が蘇る。
(そうだ、50ミラを貸した…というか持って行かれたんだ…)
それが出会いだった。
初対面の人間の所業としては割と最悪の部類に入る気がする。
「ろくでもないのは自分じゃないか…」
呟きながらリィンは何故か自分が笑っていることに気付いた。
そんなむちゃくちゃな出会いの想い出が大切でたまらない。
(やっぱり確かめないと)
リィンは頭を振って眠気を追い払うと出かける準備をするべくベッドから出た。
続く!
出てくるキャラの順番にさして意味はないですが、中心になっているのがクロウとリィンなので必然的にそこらに関わりの強いキャラから出てきます。
Ⅶ組は全員出したいですが、今時点で正体のわからないミリアムはせ時間軸の設定上扱いづらいので出さない予定です。
というかあんな人数動かせないヨ!
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
工場方面から逃げてきた人々と一緒に兵士に追い払われてリィンは仕方なくホテルのある辺りに戻って来ていた。
ホテルへ帰る気もせずになんとなく店舗が並ぶ辺りをうろついていたが、思考が堂々巡りを繰り返すせいで何も目に入ってこない。
やはりホテルへ戻ろうか、とため息をついて足を止めた瞬間、角から飛び出してきた小さな影とぶつかってしまった。
「ひゃっ?!」
「うわ!?すみません!」
咄嗟に相手の腕を取って転ばないように支えてやる。
だが大きな荷物を抱えていたらしく、反動で缶詰やら果物やらがばらばらと零れ落ちた。
「うわわわ、ど、どうしよう」
「す、すみません!拾います」
車道へ飛び出していきそうなリンゴを拾い上げながら横目で見ると、子供かと思った小さな影は小柄なだけでリィンと同じ年頃の少女のようだった。
愛嬌のある大きな目と視線がぶつかった瞬間、心臓が跳ねたような気がした。
(なんだ…これ、さっきと同じ…)
知っている。
彼女を知っているという感覚と奇妙な懐かしさが胸に湧き上がる。
拾い上げたものを抱えたまま呆然と彼女を見つめていると、最後の缶詰を拾って袋に戻した少女が困ったように見上げてきた。
「ごめんね?どこか怪我したりしなかった?」
動かなくなってしまったリィンを気遣うようにくりくりとした瞳が見上げてくる。
リィンは我に返って慌てて抱えた品物を彼女に返した。
「いや、こちらこそすみません。ちょっと考え事をしていたので…」
頭を下げると彼女はにっこり笑って首を振った。
「私こそ急いでて前が見えてなくて…怪我がなくてよかったよ」
どう考えても彼女にぶつかられてリィンの方が怪我をするとは思えないのだが、少女の気遣いにリィンはただ苦笑を返すに留めた。
改めてよく見て気付いたが、前が見えなかったのは何も急いでいたからだけではないようだ。
彼女が抱えた大きな紙袋は完全に少女の視界を覆っているし、見ればそれ以外にも腕にいくつか袋を提げている。
「…あの、よかったら荷物手伝いましょうか?」
「ええ?!い、いいよ、悪いもん」
「どうせすることがなくて暇してるだけだったので…もし迷惑でなければ」
言いながら一番の難物と思しき紙袋を彼女の腕から引き取った。
ふと見ず知らずの男にここまでされても警戒するだけだろうかと思ったが、少女は申し訳なさそうに、けれど嬉しそうに微笑んだ。
「ありがと!それじゃお願いしようかな。あ、ええっとね、私はトワ。貴方は?」
その名前とひだまりのような微笑み。
また胸の奥を何かが刺激するのを感じて思わず胸を押さえる。
「俺は…リィンです」
動揺を抑えて名乗ると、トワはほんの少しぴくりと体を震わせて、そして何かを探るようにじっとリィンを見つめた。
「あ、あの?」
真っ直ぐな視線がこそばゆくなって思わず問うと、トワはぱっと顔を赤らめて胸の前で両手を振った。
「あ、ごめんね。どこかで会ったかなぁって気がしたけど、気のせいかな。いこっか、あっちだよ」
半ば駆けるように進み出したトワの背中を見つめながら、リィンはもう一度何か思い出すことがないか胸の奥を探ってみた。
けれど確かに彼女を知っているという妙な確信以外はやはり霞がかったように何も浮かぶことはなかった。
「ただいまー!」
トワが扉を開くと同時に明るく声をかける。
リィンはその後に続きながら、扉をくぐる前に建物を見上げた。
こじんまりとした二階建ての一軒家で、その一階を喫茶店にしているようだった。
扉の横には小さな看板が出ていて、『ブラウン・シュガー』と書いてある。
「リィンくんどうしたの?入って入って!」
子供のような仕草で手招きをする姿に苦笑しつつリィンは小さな鈴のついた扉をくぐった。
中は小さいが落ち着いた色合いの雰囲気のいい店のようだ。
「ここ…トワ…さんのお店なんですか?」
一瞬呼びかけ方に違和感を感じる。
『さん』ではなく別の言葉をこの名前につけて呼んでいたことがある気がした。
(いやいや、初対面の相手だぞ、他に呼び方ないだろ)
リィンの逡巡に買ってきたものの整理を始めていたトワは気付かなかったようだ。
ぱたぱたと棚に品物を片づけながら少し首を傾げた。
「私の…ってわけじゃないかな」
「それって…」
「おかえりトワ。まったく、それだけの量の買い出しに行くなら私が戻るのを待っててほしかったな」
リィンが問い返すより先に店の奥からすらりとした体つきの女性が姿を現した。
短い髪と切れ長の瞳のせいか妙に中性的に見えるその女性にも、リィンはまるで以前からの知り合いのような既視感を覚えた。
「おや?君は…」
その女性の視線がリィンへと移る。
彼女は小さく目を瞠って、しばらく考え込むようにリィンを見つめた。
「…どこかでお会いしたかな?」
「…どうでしょう、俺もどこかでお会いしたような気がするんですが」
「…やっぱりそうだよね!」
横でぽんとトワが手を打つ。
「でも会ってたら思い出すと思うんだけどなぁ。それもアンちゃんも知ってるような人だったら絶対忘れたりしないと思うのに」
トワは悔しそうに頬をむくれさせた。
「アンちゃん?」
「あ、そっか。紹介するね。彼女はアンゼリカ。私はアンちゃんって呼んでるんだけど。私と一緒にここのお店をやってるんだよ」
それでようやく『私のってわけじゃない』という言葉の意味がわかった。
アンゼリカは妖艶に微笑みながら片目を瞑ってみせた。
「よろしく、えぇと…」
「リィンです。よろしくお願いします」
名乗りながら差し出された手を握る。
握った手の感触にリィンは少し体を硬くした。
(この感じ…この人、何か武術の心得がある)
子供のような立ち居振る舞いをするトワとは対照的にしなやかで隙の無い身のこなしで、ただの喫茶店経営者にはとても見えない。
リィンの反応に気付いたのか、アンゼリカは離した手でリィンの肩を軽く叩いた。
「まぁあまり硬くならないでくれ。なんだったら君もアンちゃんと呼んでくれて構わないよ」
「い、いやそれはさすがに遠慮します…」
いくらなんでも会って数分で女性に対してそれはハードルが高すぎる。
苦笑しているとトワが叱る顔をして腰に両手をあててアンゼリカを睨んだ。
「もーアンちゃんてばからかわないの。リィンくん座って。お茶でも出すよ。あ、コーヒーがいい?」
「え、いや俺はこれで」
思いつきで手伝ったようなものなのに、これ以上迷惑はかけたくなかった。
辞そうとするリィンにアンゼリカが悠然と微笑みかけた。
「遠慮することはないさ。トワを手伝ってくれたなら盛大に恩返しをしないとね。昼食は?」
横目で見れば店内に他に客はいないようだった。
二人に感じた既視感が気になったこともあって、リィンは素直に申し出を受けることにした。
「それじゃあお邪魔します。あ、お茶でお願いします…昼食は」
大丈夫です、と続けようとした瞬間に腹の虫が鳴った。
そういえば列車内でサンドイッチを口にしたきり何も食べていない。
リィンは耳まで赤くなるのを感じて俯いた。
「ふふっ、まだみたいだね。待っててね、カレーがあるから持ってくるよ。あれ、そういえばクロウくんが作ってくれたサンドイッチもあったっけ?」
「あれはさっきジョルジュが持って行ったよ。元々店用に作ったものじゃないみたいだし」
「え!?」
思いもよらない名前が飛び出してリィンはスツールへ落ち着けかけた腰を再度浮かせた。
その反応に二人が驚いたようにリィンを見つめた。
「…そんなに食べたかったのかい?なら今からでも作るけど」
「いやいやいやそっちじゃなくて!今、今クロウって!」
「クロウくんを知ってるの?」
導力ポッドに水を注ぎながらトワが首を傾げた。
リィンはいきりたったもののなんと答えたものか少し躊躇った。
知っているといえば知っているが、正直知っていると言えるほど知ってはいない。
かといってこれをそのまま説明すると怪しい以外の何物でもない。
「ええと…実は色々あって、彼を探していて」
「クロウを探す?」
その言葉でアンゼリカの気配が少し鋭くなった気がした。
見ればトワにも緊張した気配がある。
(なんだ…?)
全て説明して不審がられるならともかく、この一言でこの二人の反応は奇妙だった。
「あの…俺何か変なこと言いましたか」
気まずくなって問うと二人は顔を見合わせ、しばし見つめ合ってから互いに頷いた。
「いや、あいつあちこちでトラブルを起こしてくるからまた何かしたのかと思ってね。
ゲームで負けてそのまま逃げたとか、賭けに負けて借金したとか…」
「えぇ…」
呆れて思わず気の抜けた声が出た。
そんなヤツを探しているのか、と思うと同時に彼らしいとため息をつくような思いがあるのが不思議だった。
「いや特にまだ迷惑をかけられてはいないんですが。…その、すごく…変な話なので、話しても信じてもらえるかどうか…」
言い淀むと二人はまた顔を見合わせた。
「ならお茶が入ってからにしようか。アンちゃんもお茶でいい?」
「そうだな。ついでに私も食事にしよう。トワも食べるかい?」
「うんっ。あ、リィンくんは座っててね」
「え、あ、はい」
ぱたぱたと動き始めた二人をしばらく所在なげに見つめていたが、手を出せることもなさそうだったので再び椅子に腰をおろした。
あんな雲をつかむような話をするのは気が引けるが、クロウを知っているなら彼の居場所もわかるかもしれない。
ようやく手がかりと言えそうなものを掴めてリィンは逸る心を抑えるように太刀を握り締めた。
※
「へぇー…なんだか不思議なお話だねぇ」
トワが淹れてくれたお茶に店のメニューの一つらしいカレーをお供にリィン自分が見続けた夢の話を二人にした。
先ほどクロウに出会った時の話もしたものか迷ったが、場所とタイミングが微妙だっただけに告げていいことなのかわからず言えなかった。
だから、クロウという名前だけは知っていた、という嘘をつく羽目になってしまった。
「…こんな話、信じてもらえるんですか?」
少しだけうしろめたさを感じながら問うと、トワはカレーの最後の一口を飲み込んでからにっこり笑った。
「リィンくんが嘘言ってるようには見えないもん。…それに、私とアンちゃんもリィンくんに初めて会った気がしないし」
ね、とアンゼリカに微笑みかけると彼女も頷いた。
「それにそんな素っ頓狂な作り話をするメリットが君にない。なんらかの思惑があって嘘をついているならもっとそれらしい話がいくらでも作れるだろうしね」
「やっぱり素っ頓狂ですよね…」
「もう、アンちゃんてば!」
「別にバカにしたつもりはないよ。でも不思議な話なのは確かだろう?会った事の無い人間をずっと夢に見ていて、それが行った事も無い街で実在してるなんて。前世で会ってるなんてことでもなければ…」
「アン、トワ、またあったみたいだ」
アンゼリカの言葉を遮るようにして店の奥から大柄な男が出てきた。
作業着のような服装の腹の部分が見事に突き出ている、温和な顔つきの男性だった。
ジョルジュ先輩。
頭に名前が閃いて、リィンは自分に驚愕した。
(また…!この人もしって、る?)
先ほどアンゼリカがその名を出していた気がするし、状況から考えると店の奥から出てきた以上、その名が彼の名であると予測はできる。
けれど名前の後ろに無意識でつけた『先輩』の文字にまるで心当たりがない。
「また…ってジョルジュくん」
「まさか」
「そのまさかだよ…おっと、お客さんかい?」
リィンの物思いをよそに会話を続けていたジョルジュはそこでようやく自分の存在に気付いたようだった。
どうやら自分は外した方が良さそうだ。
そう考えてリィンは物思いを断ち切って椅子から立ち上がった。
「なんだかお取込みのようなのでそろそろ失礼します。…また来ても大丈夫ですか?」
もしかしたらクロウもここに来るかもしれない。
それに彼らに感じる既視感も見過ごせなかった。
「ご、ごめんねリィンくん。もちろんいつでも来て」
「ごめんよ、なんだか邪魔しちゃったみたいだ」
ジョルジュが申し訳なさそうに頭をかくのに、リィンは首を振って微笑んだ。
「こちらこそお邪魔しました。それとごちそうさまです。お茶もカレーもすごくおいしかったです」
「お粗末さま。今度はクロウもいるといいんだが」
そうあってほしいものだ。
リィンは頷いてもう一度感謝を告げてから店を出た。
少しずつ、日が傾き始めていた。
※
ある程度の準備は出発前にしてきたものの、あまり大荷物を持ち歩くのも躊躇われたので最低限のものしか持って来ていなかったリィンはホテルに戻るまでにいくらか買い出しをした。
これでしばらくジュライに滞在するのに不便はないだろう。
あとは金銭がどの程度続くか次第だった。
出立前に両親からいくらか余計に預かった。
自分の勝手のために申し訳ないと思ったが、どれだけ滞在することになるかわからなかったのでいつか返すと自分に言い聞かせて受け取った。
リィンにも何をどうすれば決着がついて自分が故郷に戻る気になれるのかわからない以上、いくらあっても多いとは言えないのだ。
(クロウには会えた…でも会ってどうしたかったんだ?)
ベッドに横たわって物思いに耽る。
自宅の部屋のものとは違う色の天井に今日の一瞬の出会いを映すように思い返した。
(あちらも俺を見て何かを感じたみたいだった。それに…)
トワ、アンゼリカ、そしてジョルジュ。
ジョルジュが自分に既視感を感じてくれたのかはわからないが、少なくともリィン自身はトワとアンゼリカに感じたものと同じものを感じた。
(あれ、そういえば…)
衝撃的なことが色々あって忘れていたが、工場の事件前に港で会った少年にも既視感を感じたことを思い出した。
「…俺、こういう病気とかじゃないだろうな…」
見かける度に相手に会った事があると思いこむただの妄想狂だとしたら目も当てられない。
けれどトワやアンゼリカの言葉がそれを否定する。
(二人も俺のことを知っている気がすると言ってくれた。それにクロウも、間違いなく知らないはずの俺の名前を呼んだ)
今、こうして思い出してもそのことをどうしようもなく嬉しく感じた。
だがそれと同時にひどく辛い思いをしたような焦りも蘇ってくる。
離れている間に何か取り返しのつかないことが起こってしまうような感覚と喪失感。
「ああもう!!」
どうにもならない切なさで頭がいっぱいになりそうになってリィンは飛び起きた。
がしがしと頭を掻いて落ち着け、と自分に言い聞かせる。
(少なくとも今のジュライで今日明日にも一般人がどうにかなるような事が起きるとは思えない。
クロウだって素人の身のこなしじゃなかったし、もし何か危険な状況ならトワさん達もあんな様子じゃないだろうし)
また明日あの店に行けばきっと会える。
そう自分に言い聞かせてリィンは明かりを消して再び横になった。
(知りたい…あの夢はなんなのか、俺はどうしてあの人達を知ってるのか)
それまでは故郷に帰ることなどできない。
焦るな、ともう一度自分の内に呟いてリィンは目を閉じた。
夢を見ていた。
ぼんやりと風景に霞がかかっていてどこか色褪せたように見えることでそれが夢だと気付いた。
夢の中には自分が立っていた。
(学校の制服…?)
自分は見たこともない赤い制服を纏って見たこともない場所に立っていた。
知らないはずなのに、その制服も場所も胸が痛くなるほど懐かしかった。
自分は目の前の建物に入ろうとしているようで二階建ての建物を見上げていた。
『よ、後輩君』
声がかけられて自分が振り向く。
その視線の先に―――――
「クロウ!!」
実際に叫んだのか、夢の中で叫んだのか、とにかく叫んだ感覚で目が覚めた。
リィンはむくりと起き上がってベッド横の窓から差し込む日差しに目をこすった。
「なんだ今の夢…」
これまで見てきた夢とは違う夢だった。
あんな場所に行った覚えはないし、制服もリィンがユミルで通った学校とは違うものだった。
「でも…知ってる…。俺はあそこを知ってる…」
そしてあの情景も知っている気がした。
『ゲームで負けてそのまま逃げたとか、賭けに負けて借金したとか…』
ふと昨日のアンゼリカの言葉が頭に蘇った。
そう、確か何か勝負だかゲームだかをしたのだ。
「50、ミラ」
無意識の自分の呟きに引き出されるように『知らない記憶』が蘇る。
(そうだ、50ミラを貸した…というか持って行かれたんだ…)
それが出会いだった。
初対面の人間の所業としては割と最悪の部類に入る気がする。
「ろくでもないのは自分じゃないか…」
呟きながらリィンは何故か自分が笑っていることに気付いた。
そんなむちゃくちゃな出会いの想い出が大切でたまらない。
(やっぱり確かめないと)
リィンは頭を振って眠気を追い払うと出かける準備をするべくベッドから出た。
続く!
閃の軌跡シリーズの二次創作小説です。
クロウの死に対する気持ちの整理が今に至るもどうしてもできず、
かといって他の皆さんがされたような死ななかった未来、IF妄想もうまいことできず、
結果来世に期待!という選択肢しか浮かばなかったクロウバカの書いた、
200年後の帝国を舞台にした捏造来世妄想ですが、それでもいいという方には読んでいただければ幸いです。
オリキャラは出してないですが、まだ出て来ていないジュライを舞台にしているのと、当然ながら軌跡シリーズ自体が途中な時点での200年後なので多分に捏造を含みますのでご注意を。
長くなると思います。ちょっとずつ書いていきます。
ではどうぞ・・・。
…一つだけ悔いがあるのです。
決して幸せでなかったわけではないだろうけれど。
それでも、欠けてしまったもののことがどうしても気になっていて。
だからわがままとわかっていても、もう一度機会を作らせてください。
どうか今度こそは――――
欠け代えの無い幸せを。
※
果てしなく広がる青色の空。
揺れるタクシーの窓枠に肘をついて、『彼』は静かにそれを見上げていた。
雲一つないせいか同じ色を延々と続ける空を見ていると前へ進んでいるという意識が希薄になる。
なんとなくそれにもどかしさを覚えて彼は視線を運転手へと移した。
それに気付いたわけでもあるまいが、運転手がバックミラー越しに笑みを浮かべた。
「しかし珍しいね、あんたみたいな若いのがジュライに行くなんて」
彼はその言葉に首を傾げた。
「あまり若い人は行かないような街なんですか?」
「いやぁそうじゃないよ。あぁ、まだ首都の辺りでしかニュースになってないのかな。
…今あそこはね、不穏なんだよ」
「不穏…?」
言葉の響きに思わず座席に寄りかけていた背筋をぴんと伸ばした。
運転手は眉をひそめた表情で頷いた。
「知ってるかな、あそこは200年前かそこらまで別の国だったんだ」
「はい、歴史の授業で習いました。…ジュライ、市国でしたっけ」
「そうそう。それがね、なんで今さらそんなことを言い出したのか、
そもそもは別の国だったのだからジュライの利益は全てジュライの民にのみ還元されるべきである、なんつってね。
ジュライ議会がジュライをエレボニアと同等の一国として扱うことを要求してきたんだよ」
「まさか…そんなこと」
彼は思わず眉を寄せた。
いくら帝国が解体されて以後各州が自治統治する部分が多くなったとはいえ、唐突な上に途方もない要求だ。
首都議会が受け入れるとは到底思えない。
「無茶だと思うけどねぇ。首都から説得が行ったらしいけど、噂じゃずいぶん酷い追い返し方をしたらしいよ」
「それは…不穏ですね」
「そうなんだよ。だからさ、内戦になるかも…なんて話もあってね。それもあって仕事でもなけりゃあジュライに行く人間は減ってるよ。列車も本数を減らしてる。その内止まっちまうかもな」
その言葉に彼は少し微笑んだ。
「なら間に合ってよかったです。どうしても行かなきゃならないから」
逆に運転手は彼の言葉に眉をひそめた。
「なんだい、家族でもいるのかい?」
「いえ……人探しなんですが」
彼は照れくさそうに頬をかいた。
「人探しか。恋人とかかい」
からかい混じりの運転手の言葉に彼は少し顔を赤くして慌てて首を振った。
「そういうのじゃなくて、その……なんていうか、馬鹿みたいな話なんですけど」
彼は困ったように笑って言い淀んだ。
運転手がバックミラー越しの視線で続けるよう促すと、彼はもう一度「馬鹿みたいな話なんですけど」と言い置いて続けた。
「どんな人なのか、実はよくわからないんです」
「わからない人をなんだって探すんだい」
呆れたような運転手の言葉に苦笑して、彼はまた濃い青の空を見上げた。
「夢を見るんです。もう小さい頃からずっと。その夢の中で俺は誰かを追いかけてるんですけど、どうしても顔は見えなくて、追いつくこともできなくて…」
夢の中で感じていたもどかしさを思い出して彼は無意識に膝の上の拳を握り締めた。
もう何年も見続けている夢なのに、意識して思い返そうとしなければただでさえ漠然とした夢はさらに霞がかって遠のいていく。
それだけ、その夢は儚い。
「ジュライって名前を聞いた時、そこだ、行かなきゃって何故か思ったんです。準備して家族を説得して、ようやく本当にここまで来れた。だから、間に合ってよかったです」
そう言って微笑むと、呆気にとられていた運転手はつられたように笑みを浮かべた。
「よくわからんが、無事会えるといいなぁ。…名前もわかんないのかい」
問われて彼は記憶をたぐろうと眉根を寄せた。
「思い…出せそうな気もするんです。夢の中の俺は名前を呼んでいるはずなのに…。でもジュライに近付くほど何か思い出せそうな感覚があって」
彼は窓に額を寄せて前方に見えてきた街並みを睨み付けるようにした。
「…あと、少しなのに」
「ありがとうございました」
料金を支払って車の扉を開く。
そこは街の玄関口に当たるターミナルのようだった。
彼が乗ってきたタクシーの他にもバスや車が何台も止まっている。
初めて見る街並みに目を奪われていると運転手は座席越しに振り返って彼を見た。
「探し人が無事見つかるよう祈ってるよ。ジュライにはちょくちょく来てるしここいらの出身だから助けになれるかもしれねぇ。何かあったらこのターミナルまで来てくれ。…あぁそういやにいちゃん、名前はなんてんだ?」
彼は振り返って微笑んだ。
「リィンといいます。もし何かあったら頼らせてもらいます。…ありがとうございました」
彼――リィンは感謝を込めて折り目正しく頭を下げた。
※
タクシーの運転手に別れを告げ、ターミナルから街中を走る大通りへと出たリィンはジュライの街並みを見渡して感嘆のため息をついた。
「すごいな…さすがにユミルとじゃ全然違う」
リィンの故郷は観光地ではあるものの、さして大きな町ではない。
港町であり、他国との貿易の玄関口でもあるジュライとは都市の規模は比べ物にならなかった。
(それに…潮の香りがする)
険しい山間にあるユミルとは空気の色合いも匂いも何もかもが違う。
自分が故郷から遠く離れた場所に来たことを実感してリィンは少し心細い気がした。
けれど立ち止まっているわけにもいかなかった。
何の当てもなくここまで来たから今晩の宿から探さなければならない。
幸いそれに関しては先ほどの運転手がいいホテルを教えてくれていた。
リィンはメモを頼りに大通りに沿って歩き出す。
(確かにちょっとぴりぴりはしてる気がするな。それに兵士の数が多い……いや、ユミルと比べちゃいけないのかな)
それぞれの自治州は国に認められた規模で州兵という自分達の軍を所有している。
ジュライとユミルでは所属する州が違う為兵士の制服が少し違う。
そのせいかなんだかあちこちに険しい顔をして立つ兵士の姿に違和感を感じる気がした。
とはいえ、街を行く人々からは内戦直前というほどの緊張感は感じない。
(エレボニアから独立して一つの国家として立つ…なんて、本気で考えてるのかな)
かつて帝国であった頃の厳然とした強さはないにしても、いまだに大陸屈指の大国である。
それを敵に回して戦うことにどんな利益があるのか、リィンにはわからなかった。
「………」
考えの及ばないことで悩んでいても仕方がない。
リィンは頭を一つ振って自分の目的を果たすことに気持ちを切り替えた。
「ここ…かな」
メモに描かれたホテル名と目の前に建つこじんまりとした、しかし小奇麗な建物にかかった看板を見比べる。
看板には『ウェストウィンズ』とくすんだ金色の文字で書かれていた。
「空いてるといいなぁ…」
硝子越しに見る限りロビーにあまり人はいないようだ。
眺めていても仕方ないのでリィンは意を決して扉をくぐった。
「いらっしゃいませ」
「すみません、今空いている部屋はありますか?」
問うなりフロントの若い男性は自嘲するような苦笑を浮かべた。
「空き放題泊りたい放題ですよ。ここしばらくの抗争のせいで観光客の方々はあらかた帰られてしまいましたしねぇ。
仕事でいらしてる方々もちょっとずつ引き上げているくらいです」
「こ、抗争?首都とですか?」
運転手に聞いていたより格段に物騒な単語が出て来てリィンは思わずたじろいだ。
誰かに愚痴を言いたかったらしく、フロントの男性はここぞとばかりに身を乗り出してきた。
「ご存じないんで?ここしばらくジュライは独立派と反対派の抗争が続いてるですよ。
互いの拠点に攻撃を仕掛けたりしてるせいで兵士がひっきりなしに走り回ってて物騒で仕方ない。
幸い今のところ民間人に怪我人は出てないようですが、それも子の調子じゃ…」
「それは…結構大事ですね…」
街中からは特別切迫した空気は感じなかったが、それでは観光客は逃げるだろう。
いかに客が減ってしまったかを語り続けようとする男性をなだめてリィンは当面の宿を取ることに成功した。
とりあえず一週間、それでだめならその時考えるつもりだった。
鍵を受け取ってエレベーターへ向かおうとしたリィンに受付の男性が声をかけた。
「もし途中でキャンセルされるようでもキャンセル料はいただいておりませんので、いつでもお申し付けください」
少し皮肉交じりの口調に苦笑しつつ礼を述べ、リィンは今度こそエレベーターへと向かった。
※
「さて…と」
荷物を部屋に置き、再びホテルの前の通りに立ったリィンは体を伸ばしてから左右を見まわした。
人通りも車通りもユミルから出たことのなかったリィンにしてみれば目が回るほど多い。
途方に暮れかけて、慌てて頭を振る。
(とりあえず地理を把握する意味でもぐるっと街を回ってみるか…)
決意を込めて背中の太刀を背負い直す。
あまり何かに熱中することのない性質だが、幼くして始めた剣術だけは身についた。
この太刀は師である老人からもらったもので、魔獣の出現も間遠なこのご時世抜くことはほぼないが、
こうして背負っていると身が引き締まり、気持ちが落ち着く気がした。
「それにしても…」
適当に、右手側に歩き始めてふと思う。
(前にもこんな風に知らない街を回ろうとしたことがあったような…?)
奇妙な既視感を覚えながら、リィンは当て所の無い探索を始めた。
「海と街がくっついてる…」
潮の香りに惹かれてリィンがまず辿り着いたのは港だった。
漁港ではなく貿易船が停泊する為の港で、今も大きな船が何隻か光る海面に威容を晒している。
山育ちのリィンにしてみると街がそのまま海に続く様は物珍しく、興味深かった。
見るともなしに忙しそうに立ち働く船乗りたちを遠巻きに見つめる。
…あの中に、あの人はいるだろうか。
「やはり…ずいぶん船が減っているな…」
「?」
物思いに沈んでいると、いつのまにか横に緑がかった黒髪の少年が立っていた。
リィンと同じ年頃だろうか、皺の無いシャツにきっちりジャケットを着込んだ服装と黒縁の眼鏡のせいか神経質そうな印象を受けた。
(あれ…どこかで…?)
知っているはずはないのだが、なぜかふと懐かしさを感じた。
覚えていないだけでどこかで会ったろうか、とついまじまじと見つめていると、少年はリィンの視線に気付いて慌てて咳ばらいをした。
「失礼」
気まずそうに軽く会釈をすると少年は足早に立ち去ってしまった。
リィンはしばらくその後ろ姿を不思議そうに見送っていたが、やはり記憶の中に彼の情報はなさそうだったので港へと視線を戻した。
(これ…船少ないのか)
ということはやはりフロントで言っていたように出入りする人間自体が減って来ているのだろう。
あの人も、ジュライを出てしまうだろうか。
「………」
夢で見た追いつけない背中を思い出し、妙な焦りを覚えてリィンは身を翻した。
立ち止まっている時間はなさそうだった。
※
改めてターミナルで手に入れたジュライ市街のパンフレットを開いてみる。
大きく分けて、先ほどリィンのいた港湾地区、ホテルや店舗の並ぶ商業地区、主に魚介類の加工工場のある工業地区、市民の暮らす居住地区、そして議事堂等のある行政地区がある。
首都ほどとはいかないが、エレボニア国内すべてを見ても五指に入る大都市である。
各州が保有する州兵の他にジュライ議会独自の警備隊も所有しており、さすがに独立などと無茶を言い出せるだけの地力はあるようだった。
リィンはしばしどこを目指すか悩んだが、ちらりと覗いた行政地区は兵士の数が尋常ではなく、下手に近付いても不審者扱いが関の山のような気がした。
(ホテルのある辺りはいつでも廻れるし…「これ」を持って今居住地区をうろうろするのもなぁ…)
一人苦笑しながら横目で太刀を見た。
不審者扱いされたくはないので、行政地区や居住地区といった余所者の出入りが少なさそうなところは避けた方が良さそうだった。
「となると工業地区かぁ…」
『彼』がどういう人物だかわからない以上工業地区に縁があるかどうかは判断のしようがないが、なんとなくあまり関係ないのではないか、という気がしてならない。
それでもどこに手がかりがあるかわからない現状では行く価値がないとも言い切れない。
「よし、とにかく行ってみるか」
パンフレットを閉じて歩き出す。
港湾地区と工業地区はその性質上隣合っている。
今いる場所からでも工場と思しき建物群を見て取ることができた。
それを目印にしばらく歩くと工業地区との境界線なのか、グレーのフェンスが見えた。
もしかして立ち入るには許可が必要なのだろうか、と足を止めた時だった。
「……!」
首筋にざわりと寒気が走った。
(なに…!?)
剣の修行で山に籠っていた時、獣に襲われる直前に感じた感覚、危機感。
その感覚がそれだ、と気付くと同時に爆音が鳴った。
「なっ…」
行く先、工場群の一角から焔と煙が巻き上がった。
重なるように、周囲から悲鳴や怒号が響き始めた。
「またか!反対派のやつらか!?」
誰かがあげた声でリィンも爆発が先ほどホテルで聞いた抗争によるものだと気付く。
港湾地区にほど近い場所だったのか、熱気が伝わってきさえする。
リィンは無意識に太刀を握り締めて焔のあがる方向を見つめた。
(どうする…?!土地勘のない俺が行っても…!)
周囲は混乱している。
兵士が次々と工場の方へ走って行くが、辺りで怯える市民には目もくれていないようだ。
(避難誘導だけでもやってみるか)
見れば子供を連れた女性などもちらほら見かける。
犯人たちがこちらに逃げてこないとも限らない。
港の方へ誘導すれば万が一の時守るくらいはできるかもしれない。
結論が出て、リィンが決意を行動に移そうとした時だった。
「えっ…」
リィンの立つ通りから一つ奥に入った細い路地、薄暗い裏通りを何かが駆け抜けて行った。
その人影に妙に目を惹きつけられて思わずその裏路地を凝視する。
「おいっ、どっちへいった!?」
「わからん、見失った、くそっ!」
するとフェンスから何人かの兵士が飛び出して来て悪態をついた。
追っていたのは…。
「っ……」
ほとんど衝動的にリィンは裏路地に沿って走り出した。
横目で裏路地を確認しながら人を避けて入っていると、いくつか建物を過ぎた時先ほどの人影が走りすぎていくのが一瞬見えた。
(見つけた!)
リィンは強く地面を蹴って裏路地に飛び込んだ。
「待て!」
鋭い声をあげると少し先で人影が足を止めた。
警戒するように半身で振り返ったその影はリィンとさして変わらない年頃の若い男に見えた。
周囲を建物に囲まれて路地は細く、薄暗い。
彼の顔は滲んだようにはっきりしなかった。
「動くな。動けば斬るぞ。……爆発のあった方から逃げてきたな。何か関係があるのか?」
彼からも見えるように太刀に手をかけ、にじるように徐々に距離を詰める。
すると男はリィンに比べるとよほど悠々とした態度で振り返り、笑みを浮かべた。
「へぇ、珍しいな、太刀か。物騒なもん持ってやがんなぁ」
その声音。
耳に届いた一瞬で心臓が跳ね上がった。
「………ぁ」
夢の光景が頭をよぎる。
追いつけない背中、届かない声。
それと同時に頭の中に白い光が満ちて、その奥にいくつかの光景が迸った。
『よ、後輩君』
『加勢するぜ、後輩ッ!』
『ったく、甘ったれめ。…わーった、そのうちにな』
『士官学院生……はただのフェイクだ』
『誰にも邪魔はさせねえ!オレとお前の最期の勝負を!』
『立ち止まんな!前を向いて、お前にしかできない事をやれ!』
『…ただひらすらに……ひたむきに……前へ…』
認識できないほど一気に様々な『知らない想い出』が去来する。
そしてその映像を頭が理解するより前に腕にずしりとした重さと徐々に薄れていく体温を感じてリィンは胸を締め上げるような切なさを覚えた。
(あ……)
思い出したいという切望と思い出したくないという拒絶が胸の奥でぶつかり合う。
それが収束して絞り出されるように口を突いて一つの名前が零れ出た。
「………クロウ」
そうだ。
そうだこの名前だ、ずっと夢の中で呼んでいたのは。
その名前を口にすると同時にようやく会えたというどうしようもない嬉しさが胸に溢れた。
唐突に名前を呼ばれた当のクロウは怪訝そうに眉を寄せた。
「なんでオレの名前を…」
言い差して、薄暗がりの中初めてまっすぐリィンと目を合わせた。
するとクロウの方も何か思い当たったように目を瞠った。
声が空気を震わせることはなかったが、間違いなくリィンの名の形に唇が動いた。
相手も自分を認識している、それで余計に嬉しくなってリィンは衝動的に駆け寄ろうと足を踏み出した。
が、それを抑えるようにクロウは逆に一歩下がった。
「オレに関わるな」
「え…」
突き放すように硬い声にリィンの足が止まる。
「ろくでもないことに巻き込まれたくなけりゃ、とっととジュライを出るんだな」
「クロ…」
問い返すより先にクロウが表通りに向かって走り出した。
「クロウ!」
慌てて追いかけたが表通りはいつの間にか工場地区から逃げてきたと思しき人々で溢れかえっていた。
どこを見回してもクロウの姿を見付けることはできず、リィンは深くため息をついた。
「どうして…」
彼の言葉と、そして自分の中に湧き上がった由来不明の感情に向けて呟く。
どうしてこんな気持ちになるのか自分でもさっぱりわからなかった。
何か思い出しかけた気がするのに今では頭に霧がかかったようになんの映像も浮かんで来ない。
「あれは…なんだったんだ…?」
そしてずっと見続けている夢はなんなのか。
どうして自分はここまで来たのか。
改めて考えてもなんの答えも出ず、リィンは怯えたようにざわめく人々の視線を追うようにしていまだに煙を上げ続ける工場地区をただ見つめた。
次回へ続く!
クロウの死に対する気持ちの整理が今に至るもどうしてもできず、
かといって他の皆さんがされたような死ななかった未来、IF妄想もうまいことできず、
結果来世に期待!という選択肢しか浮かばなかったクロウバカの書いた、
200年後の帝国を舞台にした捏造来世妄想ですが、それでもいいという方には読んでいただければ幸いです。
オリキャラは出してないですが、まだ出て来ていないジュライを舞台にしているのと、当然ながら軌跡シリーズ自体が途中な時点での200年後なので多分に捏造を含みますのでご注意を。
長くなると思います。ちょっとずつ書いていきます。
ではどうぞ・・・。
…一つだけ悔いがあるのです。
決して幸せでなかったわけではないだろうけれど。
それでも、欠けてしまったもののことがどうしても気になっていて。
だからわがままとわかっていても、もう一度機会を作らせてください。
どうか今度こそは――――
欠け代えの無い幸せを。
※
果てしなく広がる青色の空。
揺れるタクシーの窓枠に肘をついて、『彼』は静かにそれを見上げていた。
雲一つないせいか同じ色を延々と続ける空を見ていると前へ進んでいるという意識が希薄になる。
なんとなくそれにもどかしさを覚えて彼は視線を運転手へと移した。
それに気付いたわけでもあるまいが、運転手がバックミラー越しに笑みを浮かべた。
「しかし珍しいね、あんたみたいな若いのがジュライに行くなんて」
彼はその言葉に首を傾げた。
「あまり若い人は行かないような街なんですか?」
「いやぁそうじゃないよ。あぁ、まだ首都の辺りでしかニュースになってないのかな。
…今あそこはね、不穏なんだよ」
「不穏…?」
言葉の響きに思わず座席に寄りかけていた背筋をぴんと伸ばした。
運転手は眉をひそめた表情で頷いた。
「知ってるかな、あそこは200年前かそこらまで別の国だったんだ」
「はい、歴史の授業で習いました。…ジュライ、市国でしたっけ」
「そうそう。それがね、なんで今さらそんなことを言い出したのか、
そもそもは別の国だったのだからジュライの利益は全てジュライの民にのみ還元されるべきである、なんつってね。
ジュライ議会がジュライをエレボニアと同等の一国として扱うことを要求してきたんだよ」
「まさか…そんなこと」
彼は思わず眉を寄せた。
いくら帝国が解体されて以後各州が自治統治する部分が多くなったとはいえ、唐突な上に途方もない要求だ。
首都議会が受け入れるとは到底思えない。
「無茶だと思うけどねぇ。首都から説得が行ったらしいけど、噂じゃずいぶん酷い追い返し方をしたらしいよ」
「それは…不穏ですね」
「そうなんだよ。だからさ、内戦になるかも…なんて話もあってね。それもあって仕事でもなけりゃあジュライに行く人間は減ってるよ。列車も本数を減らしてる。その内止まっちまうかもな」
その言葉に彼は少し微笑んだ。
「なら間に合ってよかったです。どうしても行かなきゃならないから」
逆に運転手は彼の言葉に眉をひそめた。
「なんだい、家族でもいるのかい?」
「いえ……人探しなんですが」
彼は照れくさそうに頬をかいた。
「人探しか。恋人とかかい」
からかい混じりの運転手の言葉に彼は少し顔を赤くして慌てて首を振った。
「そういうのじゃなくて、その……なんていうか、馬鹿みたいな話なんですけど」
彼は困ったように笑って言い淀んだ。
運転手がバックミラー越しの視線で続けるよう促すと、彼はもう一度「馬鹿みたいな話なんですけど」と言い置いて続けた。
「どんな人なのか、実はよくわからないんです」
「わからない人をなんだって探すんだい」
呆れたような運転手の言葉に苦笑して、彼はまた濃い青の空を見上げた。
「夢を見るんです。もう小さい頃からずっと。その夢の中で俺は誰かを追いかけてるんですけど、どうしても顔は見えなくて、追いつくこともできなくて…」
夢の中で感じていたもどかしさを思い出して彼は無意識に膝の上の拳を握り締めた。
もう何年も見続けている夢なのに、意識して思い返そうとしなければただでさえ漠然とした夢はさらに霞がかって遠のいていく。
それだけ、その夢は儚い。
「ジュライって名前を聞いた時、そこだ、行かなきゃって何故か思ったんです。準備して家族を説得して、ようやく本当にここまで来れた。だから、間に合ってよかったです」
そう言って微笑むと、呆気にとられていた運転手はつられたように笑みを浮かべた。
「よくわからんが、無事会えるといいなぁ。…名前もわかんないのかい」
問われて彼は記憶をたぐろうと眉根を寄せた。
「思い…出せそうな気もするんです。夢の中の俺は名前を呼んでいるはずなのに…。でもジュライに近付くほど何か思い出せそうな感覚があって」
彼は窓に額を寄せて前方に見えてきた街並みを睨み付けるようにした。
「…あと、少しなのに」
「ありがとうございました」
料金を支払って車の扉を開く。
そこは街の玄関口に当たるターミナルのようだった。
彼が乗ってきたタクシーの他にもバスや車が何台も止まっている。
初めて見る街並みに目を奪われていると運転手は座席越しに振り返って彼を見た。
「探し人が無事見つかるよう祈ってるよ。ジュライにはちょくちょく来てるしここいらの出身だから助けになれるかもしれねぇ。何かあったらこのターミナルまで来てくれ。…あぁそういやにいちゃん、名前はなんてんだ?」
彼は振り返って微笑んだ。
「リィンといいます。もし何かあったら頼らせてもらいます。…ありがとうございました」
彼――リィンは感謝を込めて折り目正しく頭を下げた。
※
タクシーの運転手に別れを告げ、ターミナルから街中を走る大通りへと出たリィンはジュライの街並みを見渡して感嘆のため息をついた。
「すごいな…さすがにユミルとじゃ全然違う」
リィンの故郷は観光地ではあるものの、さして大きな町ではない。
港町であり、他国との貿易の玄関口でもあるジュライとは都市の規模は比べ物にならなかった。
(それに…潮の香りがする)
険しい山間にあるユミルとは空気の色合いも匂いも何もかもが違う。
自分が故郷から遠く離れた場所に来たことを実感してリィンは少し心細い気がした。
けれど立ち止まっているわけにもいかなかった。
何の当てもなくここまで来たから今晩の宿から探さなければならない。
幸いそれに関しては先ほどの運転手がいいホテルを教えてくれていた。
リィンはメモを頼りに大通りに沿って歩き出す。
(確かにちょっとぴりぴりはしてる気がするな。それに兵士の数が多い……いや、ユミルと比べちゃいけないのかな)
それぞれの自治州は国に認められた規模で州兵という自分達の軍を所有している。
ジュライとユミルでは所属する州が違う為兵士の制服が少し違う。
そのせいかなんだかあちこちに険しい顔をして立つ兵士の姿に違和感を感じる気がした。
とはいえ、街を行く人々からは内戦直前というほどの緊張感は感じない。
(エレボニアから独立して一つの国家として立つ…なんて、本気で考えてるのかな)
かつて帝国であった頃の厳然とした強さはないにしても、いまだに大陸屈指の大国である。
それを敵に回して戦うことにどんな利益があるのか、リィンにはわからなかった。
「………」
考えの及ばないことで悩んでいても仕方がない。
リィンは頭を一つ振って自分の目的を果たすことに気持ちを切り替えた。
「ここ…かな」
メモに描かれたホテル名と目の前に建つこじんまりとした、しかし小奇麗な建物にかかった看板を見比べる。
看板には『ウェストウィンズ』とくすんだ金色の文字で書かれていた。
「空いてるといいなぁ…」
硝子越しに見る限りロビーにあまり人はいないようだ。
眺めていても仕方ないのでリィンは意を決して扉をくぐった。
「いらっしゃいませ」
「すみません、今空いている部屋はありますか?」
問うなりフロントの若い男性は自嘲するような苦笑を浮かべた。
「空き放題泊りたい放題ですよ。ここしばらくの抗争のせいで観光客の方々はあらかた帰られてしまいましたしねぇ。
仕事でいらしてる方々もちょっとずつ引き上げているくらいです」
「こ、抗争?首都とですか?」
運転手に聞いていたより格段に物騒な単語が出て来てリィンは思わずたじろいだ。
誰かに愚痴を言いたかったらしく、フロントの男性はここぞとばかりに身を乗り出してきた。
「ご存じないんで?ここしばらくジュライは独立派と反対派の抗争が続いてるですよ。
互いの拠点に攻撃を仕掛けたりしてるせいで兵士がひっきりなしに走り回ってて物騒で仕方ない。
幸い今のところ民間人に怪我人は出てないようですが、それも子の調子じゃ…」
「それは…結構大事ですね…」
街中からは特別切迫した空気は感じなかったが、それでは観光客は逃げるだろう。
いかに客が減ってしまったかを語り続けようとする男性をなだめてリィンは当面の宿を取ることに成功した。
とりあえず一週間、それでだめならその時考えるつもりだった。
鍵を受け取ってエレベーターへ向かおうとしたリィンに受付の男性が声をかけた。
「もし途中でキャンセルされるようでもキャンセル料はいただいておりませんので、いつでもお申し付けください」
少し皮肉交じりの口調に苦笑しつつ礼を述べ、リィンは今度こそエレベーターへと向かった。
※
「さて…と」
荷物を部屋に置き、再びホテルの前の通りに立ったリィンは体を伸ばしてから左右を見まわした。
人通りも車通りもユミルから出たことのなかったリィンにしてみれば目が回るほど多い。
途方に暮れかけて、慌てて頭を振る。
(とりあえず地理を把握する意味でもぐるっと街を回ってみるか…)
決意を込めて背中の太刀を背負い直す。
あまり何かに熱中することのない性質だが、幼くして始めた剣術だけは身についた。
この太刀は師である老人からもらったもので、魔獣の出現も間遠なこのご時世抜くことはほぼないが、
こうして背負っていると身が引き締まり、気持ちが落ち着く気がした。
「それにしても…」
適当に、右手側に歩き始めてふと思う。
(前にもこんな風に知らない街を回ろうとしたことがあったような…?)
奇妙な既視感を覚えながら、リィンは当て所の無い探索を始めた。
「海と街がくっついてる…」
潮の香りに惹かれてリィンがまず辿り着いたのは港だった。
漁港ではなく貿易船が停泊する為の港で、今も大きな船が何隻か光る海面に威容を晒している。
山育ちのリィンにしてみると街がそのまま海に続く様は物珍しく、興味深かった。
見るともなしに忙しそうに立ち働く船乗りたちを遠巻きに見つめる。
…あの中に、あの人はいるだろうか。
「やはり…ずいぶん船が減っているな…」
「?」
物思いに沈んでいると、いつのまにか横に緑がかった黒髪の少年が立っていた。
リィンと同じ年頃だろうか、皺の無いシャツにきっちりジャケットを着込んだ服装と黒縁の眼鏡のせいか神経質そうな印象を受けた。
(あれ…どこかで…?)
知っているはずはないのだが、なぜかふと懐かしさを感じた。
覚えていないだけでどこかで会ったろうか、とついまじまじと見つめていると、少年はリィンの視線に気付いて慌てて咳ばらいをした。
「失礼」
気まずそうに軽く会釈をすると少年は足早に立ち去ってしまった。
リィンはしばらくその後ろ姿を不思議そうに見送っていたが、やはり記憶の中に彼の情報はなさそうだったので港へと視線を戻した。
(これ…船少ないのか)
ということはやはりフロントで言っていたように出入りする人間自体が減って来ているのだろう。
あの人も、ジュライを出てしまうだろうか。
「………」
夢で見た追いつけない背中を思い出し、妙な焦りを覚えてリィンは身を翻した。
立ち止まっている時間はなさそうだった。
※
改めてターミナルで手に入れたジュライ市街のパンフレットを開いてみる。
大きく分けて、先ほどリィンのいた港湾地区、ホテルや店舗の並ぶ商業地区、主に魚介類の加工工場のある工業地区、市民の暮らす居住地区、そして議事堂等のある行政地区がある。
首都ほどとはいかないが、エレボニア国内すべてを見ても五指に入る大都市である。
各州が保有する州兵の他にジュライ議会独自の警備隊も所有しており、さすがに独立などと無茶を言い出せるだけの地力はあるようだった。
リィンはしばしどこを目指すか悩んだが、ちらりと覗いた行政地区は兵士の数が尋常ではなく、下手に近付いても不審者扱いが関の山のような気がした。
(ホテルのある辺りはいつでも廻れるし…「これ」を持って今居住地区をうろうろするのもなぁ…)
一人苦笑しながら横目で太刀を見た。
不審者扱いされたくはないので、行政地区や居住地区といった余所者の出入りが少なさそうなところは避けた方が良さそうだった。
「となると工業地区かぁ…」
『彼』がどういう人物だかわからない以上工業地区に縁があるかどうかは判断のしようがないが、なんとなくあまり関係ないのではないか、という気がしてならない。
それでもどこに手がかりがあるかわからない現状では行く価値がないとも言い切れない。
「よし、とにかく行ってみるか」
パンフレットを閉じて歩き出す。
港湾地区と工業地区はその性質上隣合っている。
今いる場所からでも工場と思しき建物群を見て取ることができた。
それを目印にしばらく歩くと工業地区との境界線なのか、グレーのフェンスが見えた。
もしかして立ち入るには許可が必要なのだろうか、と足を止めた時だった。
「……!」
首筋にざわりと寒気が走った。
(なに…!?)
剣の修行で山に籠っていた時、獣に襲われる直前に感じた感覚、危機感。
その感覚がそれだ、と気付くと同時に爆音が鳴った。
「なっ…」
行く先、工場群の一角から焔と煙が巻き上がった。
重なるように、周囲から悲鳴や怒号が響き始めた。
「またか!反対派のやつらか!?」
誰かがあげた声でリィンも爆発が先ほどホテルで聞いた抗争によるものだと気付く。
港湾地区にほど近い場所だったのか、熱気が伝わってきさえする。
リィンは無意識に太刀を握り締めて焔のあがる方向を見つめた。
(どうする…?!土地勘のない俺が行っても…!)
周囲は混乱している。
兵士が次々と工場の方へ走って行くが、辺りで怯える市民には目もくれていないようだ。
(避難誘導だけでもやってみるか)
見れば子供を連れた女性などもちらほら見かける。
犯人たちがこちらに逃げてこないとも限らない。
港の方へ誘導すれば万が一の時守るくらいはできるかもしれない。
結論が出て、リィンが決意を行動に移そうとした時だった。
「えっ…」
リィンの立つ通りから一つ奥に入った細い路地、薄暗い裏通りを何かが駆け抜けて行った。
その人影に妙に目を惹きつけられて思わずその裏路地を凝視する。
「おいっ、どっちへいった!?」
「わからん、見失った、くそっ!」
するとフェンスから何人かの兵士が飛び出して来て悪態をついた。
追っていたのは…。
「っ……」
ほとんど衝動的にリィンは裏路地に沿って走り出した。
横目で裏路地を確認しながら人を避けて入っていると、いくつか建物を過ぎた時先ほどの人影が走りすぎていくのが一瞬見えた。
(見つけた!)
リィンは強く地面を蹴って裏路地に飛び込んだ。
「待て!」
鋭い声をあげると少し先で人影が足を止めた。
警戒するように半身で振り返ったその影はリィンとさして変わらない年頃の若い男に見えた。
周囲を建物に囲まれて路地は細く、薄暗い。
彼の顔は滲んだようにはっきりしなかった。
「動くな。動けば斬るぞ。……爆発のあった方から逃げてきたな。何か関係があるのか?」
彼からも見えるように太刀に手をかけ、にじるように徐々に距離を詰める。
すると男はリィンに比べるとよほど悠々とした態度で振り返り、笑みを浮かべた。
「へぇ、珍しいな、太刀か。物騒なもん持ってやがんなぁ」
その声音。
耳に届いた一瞬で心臓が跳ね上がった。
「………ぁ」
夢の光景が頭をよぎる。
追いつけない背中、届かない声。
それと同時に頭の中に白い光が満ちて、その奥にいくつかの光景が迸った。
『よ、後輩君』
『加勢するぜ、後輩ッ!』
『ったく、甘ったれめ。…わーった、そのうちにな』
『士官学院生……はただのフェイクだ』
『誰にも邪魔はさせねえ!オレとお前の最期の勝負を!』
『立ち止まんな!前を向いて、お前にしかできない事をやれ!』
『…ただひらすらに……ひたむきに……前へ…』
認識できないほど一気に様々な『知らない想い出』が去来する。
そしてその映像を頭が理解するより前に腕にずしりとした重さと徐々に薄れていく体温を感じてリィンは胸を締め上げるような切なさを覚えた。
(あ……)
思い出したいという切望と思い出したくないという拒絶が胸の奥でぶつかり合う。
それが収束して絞り出されるように口を突いて一つの名前が零れ出た。
「………クロウ」
そうだ。
そうだこの名前だ、ずっと夢の中で呼んでいたのは。
その名前を口にすると同時にようやく会えたというどうしようもない嬉しさが胸に溢れた。
唐突に名前を呼ばれた当のクロウは怪訝そうに眉を寄せた。
「なんでオレの名前を…」
言い差して、薄暗がりの中初めてまっすぐリィンと目を合わせた。
するとクロウの方も何か思い当たったように目を瞠った。
声が空気を震わせることはなかったが、間違いなくリィンの名の形に唇が動いた。
相手も自分を認識している、それで余計に嬉しくなってリィンは衝動的に駆け寄ろうと足を踏み出した。
が、それを抑えるようにクロウは逆に一歩下がった。
「オレに関わるな」
「え…」
突き放すように硬い声にリィンの足が止まる。
「ろくでもないことに巻き込まれたくなけりゃ、とっととジュライを出るんだな」
「クロ…」
問い返すより先にクロウが表通りに向かって走り出した。
「クロウ!」
慌てて追いかけたが表通りはいつの間にか工場地区から逃げてきたと思しき人々で溢れかえっていた。
どこを見回してもクロウの姿を見付けることはできず、リィンは深くため息をついた。
「どうして…」
彼の言葉と、そして自分の中に湧き上がった由来不明の感情に向けて呟く。
どうしてこんな気持ちになるのか自分でもさっぱりわからなかった。
何か思い出しかけた気がするのに今では頭に霧がかかったようになんの映像も浮かんで来ない。
「あれは…なんだったんだ…?」
そしてずっと見続けている夢はなんなのか。
どうして自分はここまで来たのか。
改めて考えてもなんの答えも出ず、リィンは怯えたようにざわめく人々の視線を追うようにしていまだに煙を上げ続ける工場地区をただ見つめた。
次回へ続く!